一輪の真紅の薔薇

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   聖時の兄として挨拶すればいいだけの話。  心を落ち着かせてリビングへ向かう。  それにしても……。  それならそれで教えてくれていれば。 「ああ、煌人。」  俺の姿を見つけて親父はすぐに声を掛けてきた。 「疲れているところ悪いね。」 「いや、それはいいよ。  聖時の婚約者が来るなら言ってくれてたら手土産のひとつも買ってきたのに。」    そう。  何も知らなかったから、何の準備もしていない。  申し訳ない気持ちもありながら、言い訳込みでゆっくりと視線を向ける。 「てっきり聖時から聞いているものだと思っていてね。」  初めてお目にかける轟家のご令嬢。  そのお嬢様と……  視線が絡んだ。  ドクンッ!!  大きく心臓が跳ねた。  この人……  あの時の……    正面玄関の段差につまずいて転びそうになっていたお嬢様。  このとびきりの美人が聖時の婚約者。  とりあえず、不細工じゃなくてよかったじゃねえか、聖時。   外見の第一印象にホッと安堵して、俺はとびきりの笑顔を向けた。  親父とおふくろとご令嬢が座るそのソファに近づいた。 「初めまして。  聖時の兄の煌人です。」 「と、轟悠子ですわ」  軽いパーマをかけたふわふわの長い髪。  綺麗な二重に猫みたいに大きな瞳。  長いまつ毛。  形のいい綺麗な唇が言葉を形作る。  あの時と同じ色っぽくて甘い声音。  その声にゾクッとする。
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