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一先ず眠りにつける、筈がなかった。
そう言うとある種の変な誤解を受けそうだけれど、空港に着くまでの間、とうとう私は一睡も出来なかった。時差は勿論のこと、一瞬でも気を緩めたら専務の魔の手にかかってしまいそうで。
魔とか言ったら、また頬っぺたつねくられるんだろうな。
これから日本に帰るまでどう専務をかわすとか、どう自分の欲望に打ち勝てば良いかとか。答えがとっくに出ていることを堂々巡りさせて考えているうちに、安全で優雅な空の旅は一旦終わってしまった。
色即是空って言葉の意味は正直分からない。けれど何故かその言葉が頭をもたげつつ、空港の屋根の切れ間からのぞくニューヨークの空を見上げた。
私の場合、色即是空というか色欲常来かもなどと、勝手に自虐造語を作ってフッと苦笑いした。
悠真がいるのに、専務にドキドキしている自分がなんか情けない。悠真だったら、言葉の意味をきっと分かりやすく教えてくれるのかな。
ニューヨーク出張の話をした時、悠真は仕事ですからと此方が驚くくらいあっさりしていた。専務と一夜を過ごした後に会った時の悠真は、すごく怒りが伝わってきたのに。表面上は爽やかな笑みを浮かべてて内に秘めたような怒りだったから、大分分かりにくかったものの。
話の流れで専務の秘書として同行することも話した。それなのに嫉妬した感じも微塵もなくて。少しくらい嫉妬したり心配してくれたら良いのになと、実は寂しく思っていたりする。
専務は飛行機での移動も慣れているのか、休みたい時に適度に休んでいる感じだった。ファーストクラスとはいえ、流石に他人の目もあるからか、私に迫ってくるなどという行為もなく。
いや、別に待っていた訳でもないんだけれど。あまりにも飄々としているというか、私との距離をギリギリの線で保っているというか。だから当たり前なんだけれど。
此方としては、いつでも専務の肉食攻撃をかわせるようにスタンバっているだけに、少々拍子抜けというか。
来そうで来ない感じが、1番こたえるんだよね。黒ひげ危機一髪みたいな、あの感じが。もしかして、私がバリア張ってるのが見え見えなのかな。だから、今は様子伺ってる段階とか?
「おい、何ぼけっと口開けて空見上げてるんだ。さっさと来い。置いてくぞ」
ハッと我にかえり声のする方を見ると、いつの間にか専務が黒塗りの高級外車に乗り込む姿が見えた。
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