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慌てて私も車内へと乗り込んだ。たまにバラエティー番組などで目にする高級車の車内は、実際に入ってみると驚く程広かった。
後部座席には専務と私しかいない。ある意味無駄とも思えるその長い胴体の車内の1番奥側に専務が座っていたので、私は少し距離をあけて右側面側に腰かけた。
「原田、お前早くも時差ボケ症状か?」
「いえ、大丈夫です」
「さっきのお前の顔、埴輪みたいだったぞ?」
「は、はにわって……」
苦虫を潰したような顔でいる私に、専務がニヤリと笑う。
「どうせ単純なお前のことだから、俺が思った程アプローチしてこないのを不思議がってるんだろ?」
み、見透かされてるっ。
明らかに自分自身の目が泳ぐのを感じながら、私は頭を激しく振りながら必死に否定した。
「そんなことは全然思ってませんっ」
「本当に分かりやすいな、お前は」
専務が私の顔を見つめながら、楽しそうに頬を緩ませる。
専務の道中の退屈しのぎにからかわれることも、きっと立派なお仕事なのだろう。そう思わなければ、精神がもたない。
「精々、婚約者の為に貞操を守ることだな。……まっ、無理だけどな」
無理て……今、サラっとおっしゃられなさいました?
専務の目が妖しく光った気が、した。
*****
支店を視察するにあたって、ただのお飾り秘書な自分を痛感した。
もはや毎度のことだけれども、専務はスケジュールについての内容は自分の頭に完璧にインプットされている。だから、私はほぼ隣りに立っているだけのゆるキャラ状態だ。
そんな私のことを、女性社員の皆様方が値踏みしている視線がビシバシ伝わってくる。
そりゃそうだ。
私みたいな平々凡々なOLが秘書だなんて、女子の皆さんからすれば納得いかないことこの上ないだろう。
専務の秘書を勤めあげるには、どこにいてもどうやら鋼の精神力が必要なようだ。
やっとのことで視察が終わったかと思えば、休む間もなく会食に会合と目まぐるしくスケジュールが続く。
その間、専務は顔色一つ変えずに淡々と仕事の話を交わしていた。
そんな専務の姿に、出会う女性はおろか男性陣までもが、すっかり心を奪われているようだった。
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