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「シューイチ、久しぶりだね」
「ニック。元気そうだな」
専務が柔らかい笑みを浮かべて、近づいてきたニックとハグした。ニックは私の方へと向き直ると、私にも同様にハグをしてきた。
「ナツ、久しぶりだね。可愛い君にどうしても会いたくなってしまってな。シューイチに頼んだんだ。今日はまた一段と美しいね」
「お久しぶりです。私もまた社長にお目にかかれて嬉しいです」
「社長と呼ぶのはやめてくれないか。ニックで良いとこの間も言ったじゃないか」
「そうでしたね。それでは、次からはそう呼ばせて頂きます」
「是非そうしてくれ」
茶目っ気たっぷりにウィンクしてみせるニックの優しい顔に、大分緊張がほぐれた。
日本では仕事関係の人とのハグの習慣はないから、本来なら自分の中で面食らっているものがある筈なんだけれど。ニックの場合、豊かに生やした白い髭といい、恰幅の良い身体といい、そして朗らかな笑顔といい。
何だか、有名ファーストフード店にいそうな感じの親しみ感満載なおじいちゃんって感じで。もっと分かりやすく言えば、サスペンダー姿のサンタクロースって感じ?ハグをしても、何の違和感も嫌悪感も感じないから不思議だ。
ニックがにこにこと笑みを浮かべたまま、横に並んでいた専務と私の顔を交互に見つめて呟いた。
「ところでナツ、シューイチをフッたそうじゃないか」
スタッフからシャンパンの入ったグラスを受け取りながら聞いていた私は、思わずグラスを落としそうになるくらい動揺した。
ニック……触れてはいけない話題を、サラッと冒頭から言わないで。
言葉につまっている私の隣りに立っていた専務が、グラスをニックに向けて少し上に掲げた後、私の代わりに答えた。
「あぁ。こっぴどくフラれた」
「そうか。シューイチがまさかフラレるとはな。株が大暴落するぐらいの驚きだよ。ナツ、君はやはり大物だな。シューイチに口説かれてなびかなかった女性は、君が初めてさ」
ニックが可笑しくて堪らないとでも言うかのように、肩を揺らしながら笑う。
「いえ、その……」
すみません。実は1回だけなびいてます。専務の大人の色気というか、悪魔の誘惑に負けてというか、物凄く濃密な一夜を共にしております。
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