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羽田空港からジョン・F・ケネディー国際空港までの所要時間は、十二時間四十分。
午前十時過ぎに出発して、到着するのが翌朝の九時だ。
つまり、空の上で専務と一泊するということになる。
いくら快適といえるファーストクラスでサービスは充実しているとはいえ、慣れない場所で、しかも本来ならば乗りたくはなかった飛行機に乗っているのだ。
そして、隣りにはオンオフ共に超肉食系男子の専務がいる訳で。
……ひたすらに、気が滅入る。
出発してから既に五時間。豪華な昼食を済ませ、映画も既に一本観終わった。
本当に、これは仕事中なのだろうかと自分でも不思議に思うくらい、これまでプライベートな感じで過ごしてしまっていた。
「寛いでるか?マッサージやエステもあるらしいが、なんなら試してみるか?どうせ、向こうではパーティー三昧だ。今のうちから磨いておけば良い。それに、どうせ明日の朝まで空の上だ。なんだったらワインも頼んで良い。意外と良い代物を置いてるぞ」
……。
無我の境地とは、この今の私の心境を言うんでしょうか、悠真さん。
いくら贅沢な提案をされても頭に全く響かない、この感覚。
マリエさんなら、専務からこう言われたらどうするんだろう。
漫画さながらに、日常では味わえない贅沢な空間を前にして、素直に喜んだりはしゃいだりするんだろうか。
何をどう答えれば、専務の秘書として正解なんだか、一ミリも分からない。
「い、いえ。結構です」
寛げているようで、寛げていないような……。
緊張に次ぐ緊張がとめどなく押し寄せてきて、なんだか胃が痛い。
流石にCAさんや他のお客さん達の目があるから、あの晩のような刺激的すぎることはないと思うけれど。
うちの会社と業務提携しているニックの会社が主宰したレセプションパーティーの帰り、私はまんまと松永専務にお持ち帰りされた。
CAさんが入れてくれた珈琲を飲みながら、ついあの日の光景が頭を過る。
過ってすぐに、絶対入る筈もないけれど、お洒落で高そうなコーヒーカップに顔を埋めたくなった。
きっと、余計なことを考える時間がありすぎるのと、自分の知っている人間が、今は横にいる専務しかいないからだ。
今回のニューヨークへの出張は、そのニックに会いに行くのと、うちの支店を視察するのが目的だ。
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