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僕は、手近な本棚に並ぶ背表紙を、一つ一つ指でなぞりながら、読んでいった。
知っている本も、知らない本も、読めない本もあった。
試しに、擦り切れて文字の消えてしまった、革の装丁の本を開いてみた。
中は、英語ではないアルファベットで綴られていた。
読めはしないのだが、ページをめくると、古い紙のにおいが立ち上がり、胸の奥をざわりと撫でられたような気がした。
からり、と表の引き戸の開く音がした。
夢から現実に引き戻されたような、一瞬の空白の時間の後、ぞわりと恐怖とも驚きともつかぬ感覚に、身体がこわばった。
入口には、サラリーマンと思しきスーツ姿の男が立っていた。
背後には、まだ朝の気配を残す日差しが差し込んでる。
それが引き戸のレールを境に、すっぱりと断たれていた。
光は、ほんの一筋も店内に差し込んではこない。
ようやく、この店の奇妙な印象の正体がわかった。
異様に暗かったのだ。
薄暗い路地とはいえ、朝の9時過ぎに、硝子張りの店内が、わずかばかりも日に晒されないなんてことが、あるはずがない。
隣の電器屋は、明かりもついていなかったのに、ショーウインドウの空気清浄機のメーカー名まで読めたのだ。
「あの、本を引き取ってほしいのですが」
入ってきた男が、僕を見ていた。店員と勘違いしたようだ。
「僕は、店員ではありません」
かすれる声で、ようやくそう言い終えると同時に、
「こちらへどうぞ」
奥から抑揚のない声がした。
「失礼しました」
男は、僕の横をすり抜けた。
僕は、硝子の引き戸の所へいき、外をみる。
明るい。
対して、硝子のこちら側は、僕の背にした白熱灯の作り出す、僕の濃い影があるばかり。
何なのだ、この店は。
「すみません。よろしいですか?」
僕の背後に、本を持ってきた男が立って、引き戸を指さしていた。
僕がふさいで、出られないのだ。
「ああ、すみません」
僕が脇によけると、引き戸を開けて出ていく。
引き戸から出た半身は日に照らされ、店内に残る半身はとっぷりと闇に染まる。
本当に、引き戸を境に光は遮断されていた。
何なのだ、この店は。
先ほどの、身体をこわばらせた一瞬の恐怖とは違う、身体の奥のほうからくる震えが全身をつつんだ。
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