空蝉屋

2/20
84人が本棚に入れています
本棚に追加
/95ページ
「出たよ田村びいき、ワシだって言おうと思ったのに先手を打ちおって、百合さんきれ……」 「社長聞いてます?彼女は大丈夫かと言ってるんです」 顔は笑顔だが、相手の男性は諦めずご意見を言っている。 『そうだ!か弱い女性には無理だと言ってくれ!』 心の中でエールを送ったが、話の腰を折られ面倒そうな顔をしたキツネ面は、長男達を部屋から出し、品質管理へと続く通路を歩き始めた。 田村さんの隣にいたが、タヌキ達に突き刺さるくらい視線を浴びているのが分かる。 着物姿を褒めてもらったのは嬉しいが、こちらとしては『あの子じゃ頼りない』と却下して欲しい。 今後はたまに客として豆や和菓子を買いに行くつもりだし、向こうから断ってくれるのが一番丸く収まる気もする。 受付を通り過ぎる際に木村さんがウインクしたが、今から何が始まるのか怖くて仕方なかった。 『オーディションでもするのかな』 何も聞かされてないし、ゾロゾロと歩いているが先にあるのはトレーニング室だ。 社長達が入り不安そうな顔をすると、田村さんは優しく頭をポンポンとしてくれたが、その後寒気がするような目線とぶつかる。 「ちょっと田村!俺の百合ちゃんに触らないでくれる?」 「へぇ、滋の彼女なんだ?」 「違います!」 つなぎを着た滋さんに声をかける長男は、呼び捨てからして親しそうだ。 おまけに私の必死の抵抗はスルー。 社長とタヌキ達は部屋の隅の方に移動していたが、私と滋さんと長男は中央に取り残された。 田村さんだけは少し距離を保って見守ってくれている。 「あの私着物なんですけど、これから何をするんですか?」 「ご安心を、俺も着物なんで危ない事はしませんよっ!」 振り向きざまに懐から何かを出した長男は、こちらに素早く投げてくる。 咄嗟に犬螺眼で弾くと、カランと音を立てて落ちていった。 『えっ忍者が持ってるクナイみたいってか、武器じゃん!』 もし当たってたらと思うと、怖いというより若干イラッとしていた。 「おい歩兎(あると)、百合ちゃんにまだ双棒渡してない」 「……ちょっと反射神経みようと思って」 死神の知り合いは似た者同士なようで、イラ度がまた一つ増えた。
/95ページ

最初のコメントを投稿しよう!