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空蝉屋
取引先の人を迎える部屋へ来たのも初めてで緊張も高まってくる。
高そうな取っ手もついており、重厚で尚且つドアも大きい。
木村さんの後ろでビクビクしていると、ノックをしていつもより上品な声で呼びかけていた。
「失礼します、社長お連れしました」
「おぅ丁度いいタイミングじゃ、中へ入られい」
キツネ面もいつもより気取った声を返していた。
気分的には殿や家臣が芸者を呼び、初のお座敷でドキドキしている舞妓の気分だ。
中に通されると、高そうなソファに社長と田村さんが座っている。
向かい側にはタヌキみたいな体型の優しそうな爺さんと女性、男性が席についていた。
「月影百合と申します……宜しくお願いします」
タヌキご一行に挨拶しお辞儀をすると、木村さんは部屋から出て行ったが、静まり返っているので顔を上げた。
『あれ?全員無反応だけど…何かついてる?』
社長も田村さんも狸ご一行も、ポカンとした表情で見ているだけで誰も口を開かない。
挨拶を間違えたのか、着物に問題があるのか分からないが、苦笑いをしながら棒立ちのまま待機した。
「えっ嘘っ、立花のおじ様の部下だから狐面想像してたのに、マジで綺麗」
女性がやっと口を開くと、タヌキ似の社長も遅れて話し始めた。
「初めまして藤井平蔵と申します、こんなに愛らしい方とは思ってなくて、勝負服でくれば良かった」
「何ちょっと男意識してんのよ気色悪い、オッサンなんて相手にする訳ないでしょ!」
向こうの社長も娘も、親子だとすぐに分かるくらい似ている。
体格もまん丸で甘い物を沢山食べて育ったと言われると納得してしまう。
「確かに可憐ですが護衛は大丈夫ですか?むしろこちらが守らなければいけない気がしますね」
その隣にいる男性は落ち着いた声で、タヌキとは全く似てない和服姿のイケメンだ。
恐らく……母親に似たのだと思われる。
「百合さんいつも可愛いけど、今日は一段と素敵です、嫁にやる親のような気持ちで切なくなります」
「田村さん、何も出ませんよ?」
一番褒めて欲しい人にそう言われると、照れてしまって顔から汗が出そうだ。
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