百鬼夜行路

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その奇妙な店は、緩やかな坂の途中にあった。 古い木造建築で平屋建て。 店の前を流れる水路は苔むした煉瓦積み。 その水路の上に架った、短いコンクリートの橋を渡った先に、店の入口がある。 店主はきっと、店の外観とよく似た古狸のようなジイ様。 誰もがそう思って店の前を通り過ぎるだろう。 しかし、店の中では、学生服の少年が退屈そうに頬杖をついていた。 百鬼 柊平(ナキリ シュウヘイ)、形式上、この店の主である。 「柊平、シャキッとしなよ。お客さんが来たらどーすんの?」 「来ないだろ。客なんて。」 年季の入った机に座り、ぼんやり店内を眺める柊平は短く応えた。 土間のような店内から、居間へ上がる板張りの床に、座布団で丸くなった黒い猫がいる。 会話の相手はその猫だ。 事実、彼が形式上この店の主になった日から、1人として来客はない。 形式上というのは、本来この店の主は、大方の人間が想像する通り、古狸のような柊平の祖父だからだ。 「壮大朗に頼まれたんだろ?」 猫が言う壮大朗(ソウタロウ)とは、柊平の祖父である。 「仕方なかったんだよ。他の連中は気味悪がって、ここには近寄りたがらないんだから。」 ”他の連中”とは、柊平以外の身内。 「人間て薄情だよねぇ。」 黒猫は、やれやれと座布団の上であくびをする。 「1番はお前のせいだけどな。夜魅。」 夜魅(ヨミ)は、美しい組紐の首輪をした黒猫。 気に入らない人間とは一切口をきかない。 そのため、これほど流暢に話すと知る者は少ない。 それをいいことに、気まぐれに話しかけては脅かしていた。 店を預かる時に、祖父はこう言った。 「来客があったら、通して差し上げるように。」 「依頼があったら、赴くように。」 「詳しくは夜魅に訊くといいだろう。」 しかし、肝心の夜魅は、 「お客さんが来たらね。」 と言ったきり、小言を言う以外は猫業に専念していた。
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