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「柊平、あれ、見える?」
重箱をしまい、お茶を飲んでいた柊平に夜魅が言う。
夜魅の視線の先は、四畳半から開け放したままの中庭。
「あれって?」
縁側の向こう、暗い中庭には、四畳半から伸びる光の中に、柊平と夜魅の影が長くのびる。
柊平は立ち上がり、縁側から中庭を見渡した。
小さな池が真ん中にあり、その周りには苔むした石が大小据えられている。
モミジの細い木が1本、その奥に植えられていて、その葉が少し紅葉しているのはここへ来た時に見ていた。
枯山水と呼べるほど立派ではないが、風情のある庭だ。
ただ、月もない今夜は、少し不気味にも感じられた。
ふと、池の水面が光ったような気がして、柊平は視線を落とす。
月のない夜。
四畳半からのびる電気の明かりとは違う光が、チラチラと水面に揺れる。
何が映ってる?
柊平がキョロキョロするのを見ると、夜魅は庭へ出た。
「百鬼夜行だよ。」
四畳半から1番近い苔むした石に座り、柊平に言う。
「百鬼夜行の灯りが洩れてくるんだ。」
百鬼夜行?
なら、近くに鬼や妖怪の行列が?
首をかしげる柊平に夜魅は続ける。
「この光が見える人間は限られてる。」
夜魅の得意の冗談かと思ったが、猫はいつにも増して真面目な顔をしている。
見えないだけで、見えない連中が自分の回りをウロウロしているのではないかと、不気味な想像が頭をよぎる。
分からないものは、それだけである種の恐怖を感じさせるものだ。
青ざめる柊平の顔を見て、夜魅がニヤリと笑う。
「そんな顔しなくても大丈夫。柊平には全部見える。ここは百鬼夜行路の入口なんだ。見えない者には、この洩れ出す光すら見えない。」
夜魅の言葉に、もう1度水面に視線を戻す。
「準備って、何をすればいいんだ?」
息をつめて、柊平は訊いた。
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