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夜魅に連れられ、初めて東側の建物に入る。
六畳間が三つ連なる廊下を、ゆっくり歩く。
部屋は物置として使われているようで、店に置いてあるような古い本や道具が、ざっくり仕分けして並べてあった。
電気をつけても何だか薄暗く、左手の硝子障子から見える中庭に視線を逃がした。
「柊平は、昔から勘がいいよね。」
少し前を歩きながら夜魅が言う。
「勘?普通だろ。」
本人には思いあたるフシがない。
「壮大朗の孫で、こっちの建物に入りたがらなかったのは、柊平だけなんだよ。」
言われてみれば、従兄弟達は走り回ってはよく怒られていた。
さらに聞き分けのない者は、夜魅が話しかけては脅かしていた。
「こっちに入ろうとしたら、お前が脅かしてただろ?だから、みんなこの家に来たがらないんじゃないか。」
呆れたように柊平が言う。
「ボクが話してたのを気づいてたのも、柊平だけだよ。」
「はぁ?あんなん、誰でも気づくだろ。」
渡り廊下に寝そべった猫が、目の前で話すのだ。
ここから先は通さない、と。
「柊平、妖怪って見たことある?」
「ない。」
柊平は即座にそう答えた。
「じゃあ、ボクは?」
「お前は猫だろ。」
今度は夜魅が呆れた顔をする。
「しゃべる猫って、そんなにたくさんいるの?」
「猫じゃなかったら。なんなんだ。」
「妖怪だよ。」
柊平は眉間にシワをよせ、自称妖怪の黒猫を見据えた。
「あの頃は、ボクの姿は壮大朗と京介にしか見えて無かった。柊平にも見えていることに気づくまではね。」
硝子障子に映るモミジの木が、ざぁっと音を立てて風に揺れる。
「じゃあ訊くけど、今、みんながじいさんは黒猫を飼ってるって知っているのはどういうことなんだ?」
振り返った金色の目を見て訊く。
「これこれ。」
夜魅は自分の首にまかれた組紐を指す。
「首輪がどうしたんだよ。」
「壮大朗がくれたんだ。ボクの姿は、これのおかげでみんなに見える。」
「つまりその紐をつけるまで、従兄弟達は、何も無いところから声がするから、気味悪がったのか。」
それはさぞかし不気味だっただろうと柊平は思う。
「そうだろうねぇ。」
夜魅は楽しそうだ。
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