第1章

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地下鉄で最寄駅まで向かい、駅から徒歩約五分の道のりを散策していく。 十年という歳月は変わるには充分だ。 いたる場所が変わっていて、まるで知らない街のようだ。 もちろん、それは街だけではない。俺だってそうだ。 以前あった酒屋はコンビニになっていて、そのドアガラスに映り込んだ自分。そこにはもう社会人として貫禄もついたであろう俺がいる。 青春を謳歌していた学生はいない。 しかし、変わらない部分も勿論ある。大好きだった喫茶店や本屋は健在だった。 そして、何よりも俺自身がこの街に想いを置いたままだった。 そして、やはりあの頃通ったラーメン屋があったことに思わず安堵の溜め息を漏らす。 その店は当時から年期が入った店構えだった。 長年の外気で薄汚れたショーウィンドウの中には古ぼけた食品サンプルが並んでいる。 暖簾も出来た当初は白くピンと張ったものだったんだろうが、黄ばんで生地がクタクタなところも当時と変わらない。 建て付けが悪い開き戸は開けるのにコツがいったのも変わらない。 引き戸の取っ手に手を掛けると思い出される、『ここさ、餃子がうまいらしいんだ』なんて言いながら開けたことを。 こんな店といっては悪いけど、味は間違いない。 だけど、初めてのデートでここを選んだ俺も俺だけど、よく文句一つ言わずついてきてくれたな。
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