第1章

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「いらっしゃいませー」 見知らぬ若い男が厨房で中華鍋を振りながら、威勢のいい声を掛けてくれたが、思っていた人物と違うため、戸惑う。 「いらっしゃいませ」 そして、厨房で洗い物をしながら気さくに声を掛けてくれた女性もやはり見覚えはない。 男と同じくらいの年齢だから、夫婦だろうか。 しかし、店内は変わりない。 カウンター席が五つ、テーブル席は四人掛けが二つに二人掛けが二つ。 決して大きくはないし、大の男が座ると窮屈だった。 出来た当初はきれいな色であったろう壁。 店の奥に客が自由に汲むことができるお冷サーバーときれいに並べられたグラスが置かれ、その横に食券コーナーがあり、隣には本棚があって男性向けのマンガが主に置かれている。 トイレは従業員用通路の手前にあり、ドアにはビール会社のポスターが貼られている。ビキニ姿のグラビアアイドルがビールの入ったジョッキを持ってる、このテの店ではたまに目にするアレだ。 そういえば、このコも最近は二児の母親を全面に出した売り方で、テレビでよく見かけるな。 この店は大学に近く、学生にとって手頃な価格で腹一杯になるから、ピーク時には外に客が待つ程だった。 しかし、昼食時を過ぎた店内には俺の他に一人だけ。 学生らしき男がマンガ本片手にチャーハンをれんげですくって食べている。 マンガを読みながらだからか、チャーハンが口の端からぼろぼろと零れ落ちていた。 『炒飯こぼしとうよ』ってクスクス笑ってくれたっけ。
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