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イマも、その奇妙な店は人を魅きつける。
◇
僕が大学を卒業し、この鬱屈とした六畳間に閉じこもってから半年が経とうとしているのを窓の外の紅葉が告げていた。
紅く力強い紅葉の葉は、まるで社会の中で戦い続ける、僕以外の人間の苦難や情熱を表しているように見えた。
ずっと、ずっと、そんな一間に閉じこもっているのかと、そう告げているように思えてくる。
「嗚呼、」
声が漏れた。
あたりは陽も落ち始め、色気のある橙色の光がより一層、紅葉の色を引き立てる。
大学の一回生の秋には、窓から見える景色が小さな絶景に見えたが、今では見慣れ、色づいた紅は僕に圧力だけを掛け続けていた。
ある程度整理された六畳間、その扉前方の突き当たりに存在する木机の上に散らかされた原稿用紙に目を向ける。
しかし、消しかすが散らばっている机の上に広がった半年間の努力の結晶は、我ながら中々に観るに耐えず、目を逸らすことしか出来なかった。
小説家を目指し、モラトリアムでは無いと自らに言い聞かせ歩んできた道も、半年かけて一作も書き切れなければ、残るのは鬱蒼とした感覚と小指の裏の黒ずみだけだ。
ここ最近はパチンコ屋に競馬等、絵に描いたようなクズの生活を送っている。
そういえば、金が無いことに気がついた。
昨日はいろいろあったので、結構あった貯金を使い果たしてしまった。
「行くか」
十日程の間を空けたが『店』に行くことにした。
ちなみに僕はバイトはしていない。
もっと他に良い食い扶持の稼ぎ方があるからだ。
畳にカビのように張り付いた汗ばんだ腰を上げ、上着を取るためにタンスに向かおうとする。
丁度、台所の鏡に自分が映っていた。
一ヶ月程前までは、耳元まであった髪は、今は剃って僧のようになっている。しかし、その表情は僧とはかけ離れていた。
不健康なクマに、血走った目、乱れて生えた不揃いな無精髭。
流石にこのまま外に出るのはどうかと思ったが、よく考えてみたら『店』に行くだけなので、おめかしをする必要もないことに気がついた。
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