桜並木の奥に

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胸の奥の恐怖を悟られぬように次の言葉を打つ。 「今から取引をするとなれば、僕は何を差し出せばいいでしょうか?」 「、、、そう、、です、、ね。まだ小説は、、書けていないの、、ですよ、、ね?」 「はい。お恥ずかしい話ですが」 「、、そう、、ですか、、残念です、、、小説ならば非常、、に高価な、、取引が出来たこと、でしょう」 男はまた掠れた声に戻り僕との『取引』にかかる。 「そう、、です、、、ね。ええ。、、、では、、、、この前は『髪の毛』でしたから『手足の爪』で、、どうでしょうか?」 「『手足の爪』、、?爪切りで切って持って来れば良いのでしょうか?」 「、、いえ、、剥がして持って、、きて、、ください、、、もちろん貴方、、の爪ですよ、、貴方のであること、、にこそ、、価値が宿るのですから」 爪を剥がしてもってこい。つまりはそんなことを言い放っているにも関わらずに、この男は顔色一つ変えずに言い放つ。 「僕が、爪を剥がして持って来れば、いくらになりますか?」 「、、恐らくは、60万、、程には、、なるのでは、、ないかと」 「!! わかりました。明日の夜持ってきます。」 金欲しさに自らの爪を差し出す決意を固めた僕は、そう男に言い切った。 「、、、わかりました。 お待ちしておりますよ」 俺は、爪を剥がすことの恐怖よりも、手に入った金で何をするかを考えるのに夢中だ。 爪を剥ぐだけで60万だなんて、僕の人生はなんて明るいんだろう。 『取引』が終わり、屋敷から出るために畳に下ろした腰をあげる。 鈍い置き提灯の明かりに照らされた屏風に写し出された男の影が、笑っているような気がした。 ◇ 僕が『店』を初めて訪れたのは、ちょうど半年前、大学を卒業した頃だった。 就職先が決まっておらず、親からの仕送りも十分と言えるほどでは無かったために、金銭的な面で僕は非常に店に未来に不安を感じていた。 そんな時に、偶然既に卒業したある先輩と再会した。そこで進められたのが『店』の存在だったのだ。 今思い返せば、ひどくやつれた顔をした人だったがまあいいだろう。 『店』は取引相手から得たものを、なんでも金に換えてしまう。
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