伍 夏祭

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「困り顔の貴方は、飴(あめ)売りの屋台で飴を一つ、買ってくださいました。牡丹(ぼたん)の花みたいに真っ赤な飴。社務所で雨宿りさせて貰いながら、それを舐めて。私の唇と舌が紅色に染まって」  照れた表情で少し口を開き、舌をそろりとのぞかせる女。その笑顔に、あの夜の童女が重なる。  再び首肯しようとして、喉から朱が吹いた。噎(む)せるに従い、とめどなく溢れる。眉根を寄せた女の顔が近付いてきて、耳元で謳(うた)う様に囁(ささや)く。 「あの飴のお礼、まだできていませんでしたね」  女の指に撫でられるがまま目蓋を閉じると、途端に五感が遠のいた。胸の病巣、刃に削がれた躰、濃厚な朱の香り、境内の静寂……  暗闇の中へと溶けてゆく自我を儚(はかな)んだ瞬間、男の唇に何かが触れた。
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