四 小太刀

1/5
4人が本棚に入れています
本棚に追加
/23ページ

四 小太刀

 女の痩躯が、ゆるりと前に出る  浮いているが如く、滑(なめ)らかに  滑(すべ)るが如く、しなやかに  女の両腕はだらりと垂れ、雨に嬲(なぶ)らるるまま。利き手とは反対の腕に、辛うじて落とさぬ力加減で小太刀が握られている。  男の背筋を、冷たい歓びがじわりと這い上がる。  此方は手傷を負っているとは言え、気力の充溢(じゅういつ)はかつてない程。されど、読めない。女の足の動きが。女物の旅装に隠されているからではない。重心を悟らせない。その鍛錬を極めしが故に。  女の父親は、流派開祖にして小太刀こそ究極の得物と位置付けた。そして、自ら鍛え上げた子息の中から、女一人にのみ免許皆伝を授け、この世を去った。  膂力(りょりょく)、間合いで劣る小兵が小太刀で相手を制する。自然、流派の業(わざ)は柔(じゅう)が主となる。  体捌(たいさば)きを磨いて対峙者を翻弄し、刃を合わせることを極力避け、間合いの内側に跳び込んで致命の一撃で急所を穿(うが)つ。  門弟に武家の子女が多いのが特徴で、遠方から噂を聞き付けて入門を請う者もいた。
/23ページ

最初のコメントを投稿しよう!