#5 最愛に気づく男

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「これ……」 私の目の前で止まった今江さんは紐のついたカードを差し出した。 「商業ビルの入館証です。浅野さんに借りたまま返し忘れちゃって」 「どうして私に?」 「えっと……足立さんと浅野さんは付き合ってるんですよね?」 自信のない声で確認する今江さんにどう答えたらいいのだろうか迷う。 「付き合ってるわけではないけど……」 曖昧な返事になってしまった。正確には『付き合っていたのかもしれない』だけど、浅野さんに好意を持っている今江さんには正直に言いたくないなんて思ってしまう。 「そうなんですか……でもこれは足立さんから返していただけますか? 私明日からしばらく慶弔休暇なので、直接返せないんです」 「あ、そうなの。分かった……」 今江さんから入館証を受け取った。 「今から浅野さんの所に行かれるんですか?」 思わぬ質問に驚いた。 「どうしてそう思うの?」 「あの……」 今江さんはもじもじと両手を組んで動かし、私達の近くに人がいないことを確認すると一歩私に近づいた。 「実は今日仮眠室に行ったんですけど……浅野さんは私のことを足立さんだと勘違いしたみたいで」 「ああ」 そういえば浅野さんもそんなことを言っていたっけ。 「体調が悪くて意識が朦朧としていたのか、その……」 口籠る今江さんに通路で会ったときに様子がおかしかったのを思い出した。 「すみません、何でもないです!」 「え? 何でもなくないよ、教えて!」 言いかけて途中でやめられては気になってしまう。それでも今江さんは頭を振って話を続けることを拒否した。 「本当に、何も……足立さんの名前を呼んだので、浅野さんは足立さんを頼ってるのかなって思ったんです」
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