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「ここを使え」
甲に銀毛を生やした皺だらけの手で、扉を開く老人。
やはり灯台に併設された住居は、この老人の住まいらしい。そうすると、彼は灯台守なのか。
案内された部屋に足を踏み入れ、室内を見渡す。
奇妙な違和感。その原因はすぐにわかった。この部屋の調度は、少しずつサイズが小さいのだ。
子供部屋だったのだろう。
意外に聴き取りやすい口調でトイレへの経路を説明する老人。無愛想に思えたが、どうやらここに宿泊させてくれるらしいし、根は親切なのかも知れない。
その旨を伝えて感謝の言葉を述べると、鼻を鳴らされた。鷲鼻からはみ出した銀毛が揺れる。
「勘違いするな、chino(チーノ)。儂はお前の事など、放っておけと言ったのだ。だが、ガブリエラが……」
「ガブリエラ? 奥さんですか?」
「……誰だろうと、お前の知った事ではない。風呂を使う時には一声掛けろ」
それだけ告げると、木製の扉を乱暴に閉めて老人の足音は遠ざかっていった。
正直言うと酷く空腹で、背を伸ばして立っていることもいまや苦痛だった。食事のことも尋ねたかったのだが……
いや、久し振りにまともな場所で眠れそうだし、これ以上を求めるのは贅沢というものだろう。
使って良いとは言われていないが、ベッドメイクされたばかりのシーツと毛布が視界に入ると、もう我慢出来なかった。
バックパックを降ろすとそのままベッドに倒れ込む。はみ出した足を折り曲げて、なんとか毛布の下に身体を納めた。
途端にこみ上げるカビ臭さに顔をしかめる間も無く、私の意識は窓外から聴こえる波音に溶かされていった。
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