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くぐもった声が、耳元で聞こえた。
汚い言葉だ。誰かが毒づいている。
目脂(めやに)がこびりついた目蓋を、恐る恐る開く。マスクをした女が私を見下ろしていた。細かく波打つ黒髪を無造作に後ろで一つに束ね、こちらの様子を伺っている。鳶色の瞳だけが彼女の表情だった。
「……目が覚めたみたいね」
底冷えのするこの部屋の空気と同じ様に、冷ややかな口調だった。スペイン語。スッと立ち上がると顎を上に向けて、何かをじっと見つめている。彼女の視線を辿ると、透明な点滴バッグが見えた。それに手を伸ばして、何かを調整している。
「巡回医がね、診察してくれたのよ。それ、たぶん、tos ferina(百日咳)だろうって」
「……tos feri…na?」
「急性の呼吸器感染症よ。罹患者は発展途上国の子供がほとんど。成人が罹患するケースは珍しい。栄養状態が余程良くなかったんだろうって。日本人ってお金持ちじゃなかったの?」
静かに話す彼女の言葉には、明らかに私を皮肉る調子があった。それがいかなる感情によるものなのか判断がつかず、沈黙を返す。そもそも声を発することが酷く億劫だった。
「貴方は幸運だったわ。いえ、不運なのかしらね」
カチャカチャと何かが触れ合う音。彼女が持ってきた器具を片付けているらしい。そちらに視線を向けようとしたオレの前に、白い物体が突きつけられた。小振りな琺瑯容器。初めて見る形状だったが、病人用の水差しだとわかる。
口を開くと、腔内に少しずつ水が注がれた。
何日振りに口にするのかもわからないそれは、硬く冷え切った感触だった。
「何を考えていたのか知らないけど」
「……」
「貴方が死に損なったのは事実よ」
不意に突きつけられる強い眼差しに怯んで、思わず視線を外してしまった。
横顔に刺さる視線を感じること数秒。
石の床に硬い足音を残しながら、彼女はさっさと部屋を出て行った。
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