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まずはスープの表面を一掬い。
見た目の赤さに反して、トマトの酸味はそれほど感じられなかった。よく煮込まれているのだろう。散らされたバジルが爽やかに香り、オリーブオイルが舌上を滑らかに潤すのに続いて、魚介類の磯の風味が一気に口内を満たした。
港町に育った自分の臓腑に、海の生き物が馴染む。
慣れ親しんだ海の死肉の煮汁。喉と胃の粘膜が一気に歓喜して、覚醒する。
堪らず、二口、三口と口許に運んだ。スプーンに撹拌されて、皿の底に沈んでいたパスタが表面に顔を出す。見たことのない奇妙な形に捻り上げられたそれを、貝の身とともに啜り込む。厚みのあるパスタと貝の身の弾力を奥歯で噛みしめると、再びスープが口内に満ちた。
それはもはや、馬鹿げた美味さだった。どうにも止まらない。
貝殻に張り付いた柔肉をスプーンで刮ぎ取り、海老の頭部に唇を当てて中身を吸い出す。私が一心不乱に赤い液体を啜り、そこに浮かぶ魚介の死肉を貪る間、老人は室内の木製の椅子に腰掛けて、ただ静かに窓から海面へと視線を向けていた。
「あの…… これ、まだありますか」
「いまはその一皿だけにしておけ。看護師がそう言っている」
「……そうですか」
ずっと仏頂面だった老人の口許が、不意に緩んだ。その微笑の意味がわからずに戸惑う私。だが、数瞬の後にはまた唇を真一文字に引き結ぶと、貝と海老の殻しか残っていない皿を片付け始めた。
「換気しておく。しばらく経ったら窓を閉めろ」
もう用は済んだとばかりに、扉の向こうへ消える老人の背中。波音だけの静寂が戻ってきた室内で、私はさっきの風味の残滓を名残惜しく求め、いつまでも回想していた。
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