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船着き場の金属柱に私が船を係留し終えると、投網に視線を落としたまま漁師が口を開いた。
「まだ重心が高い。もっと低く構えろ。それから、腕は使うな。網は腰で打つもんだ」
いつも通り、生け簀から数匹の魚を受け取って、灯台守の家へと戻る。漁師に家族はいない。生け簀の残りの魚逹は、村の朝市に並ぶ。
途中、丘の頂で煙草を取り出して、一服する。
先客に珈琲を勧めてみるが、冷めているからと一蹴された。
「中国の山岳部って、背の高い民族がいるのかな」
「それ、何の話? 貴方の方が詳しいんじゃないの、隣の国なんだから」
「その民族出身だろうって言われたよ。長身だからって」
「みんな、アジア系の人が珍しいのよ。こんな村、観光客も通らないから」
「君は?」
「私は州都の病院で働いてたことがあるから」
今朝はいつも以上に風が鳴いている。カモメ逹も気流に乗って遊んだりせずに、真剣に海面を睨んでいた。明日は漁に出られないかも知れない。
「ねぇ、これを祖父に渡して」
「自分で渡せば良い」
「これでも色々と難しいのよ」
新聞紙を乱雑に折り畳んだ包みを受け取る。軽い。中身はいつも通り、灯台守の老人の常備薬だろう。
「そろそろ行くことにするよ」
「……え?」
「長く留まり過ぎた」
「そう。いつ?」
「あのスープをもう一度飲ませてくれたら」
「……卑怯者」
言い捨てた勢いで立ち上がると、ガブリエラは石段を使わずに斜面の細道を降っていく。墓地へと向かうのだろう。 それが彼女の日課だった。
海へと振り返った私の目の前に、カモメが一羽浮いていた。上昇気流を両翼に受けて、細かく身体を震わせながら中空に留まっている。
手を伸ばせば触れられそうな……
そんな私の衝動を嘲笑うかの様に、ついと一方に身体を傾けたカモメはそのまま斜面を舐めながら灯台の先へと滑り落ちていった。
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