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「さて」
青年はかたんと椅子を引くと、由衣の真向かいの席に腰を下ろした。
その思わぬ行動に驚き、由衣は慌ててガバッと顔を上げた。
焦りの色を隠せない。執事喫茶ってこういう接客をするものなの?
「あ、あのすみません! 私、執事喫茶って初めてで! その、システムとか、そういうのが分からないんですけど」
「あはは、ご安心下さい。ここは執事喫茶ではありません」
慣れたように青年は笑ってそう言った。
「え……そ、そうなんですか……?」
じゃあ、ここはただの喫茶店?
だとしたら、彼の行動は余計に不可解なものでしかないのでは。
「紅茶、冷めない内にどうぞ」
「あ、はい……頂きます」
由衣は促されるままに紅茶を口へと運んだ。
ベルガモットの爽やかな香りが口中を満たしていく。
不思議――由衣は緊張の糸がふっと綻ぶのを感じた。
「ベルガモットの香りには沈静作用があります。あなたは何か不安をお抱えですよね」
青年の言葉に、由衣はギクリと身を震わせた。
「どうして……」
「どうしてって? ここへ来た事が何よりの証ですよ、羽村由衣樣」
ガシャン!
由衣は驚愕のあまり、カップをソーサーの上に落としてしまった。
「な、なんで私の名前を……?」
「名前だけではありません。あなたの身の上に起こった出来事も全て把握しております。だからここへお呼びしたのです」
自分の身の上に起こった出来事。
それはまさか――
「呼ばれたって、私は呼ばれてここへ来たの?」
「あなたはこの『Black Dream』という店の名を気になされましたよね。黒き夢、即ちそれは悪夢……『Nightmare』を差すのです」
ドクン! と恐怖で胸を鷲掴みにされたような感覚に陥る。
忌まわしい記憶が脳裏を過ぎる。
そう、それは思い出したくもない、まさに悪夢だった。
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