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「やめてお願い! せっかく忘れようとしているのに……!」
「そうですよね。そんな記憶は早く消し去りたいでしょう。けれど現実に起こった悪夢なんてものは、そう易々と消し去る事は出来ない。だから夢にも見てしまう。まさに悪夢としてね」
両手で耳を押さえ込みながら震える由衣に、青年はその端正な顔を近付けた。
「そこでお願いがあるのです。あなたのその悪夢を、是非とも私に買い取らせて頂きたい」
「……え」
その言葉は、耳を塞いでいる筈の由衣へとはっきり伝わった。
悪夢を買い取る?
この人の言っている意味が分からない。
「ここでヒアリングをするのもいいのですが、初対面の私にそんな話をするのは躊躇われるでしょう? ああ、いや。話すなと口止めされているのでしたね」
「……っ」
どうしてそれを?
そんな言葉が口をついて出てきそうになるのを、由衣はぐっと堪えた。
その様子を青年は表情も変えずに見ていた。
席を立つと、カウンターの中へと入って行き、戸棚の中から一つの愛らしいデザインの小瓶を取り出して来た。
コトリ――
青年は由衣の目の前に、その小瓶を静かに置いた。
小瓶の中は、七色に輝く液体で充たされている。
「何ですかこれ……綺麗」
「この小瓶の中にあなたの悪夢を封じ込めて下さい。そしてそれをもう一度ここへ持っていらして欲しいのです」
「悪夢を封じ込めるって、この中に……?」
「はい。その蓋を開けて、あなたの思いの丈を言葉と共に吐き出せばいいだけです」
「それで、どうなるんですか?」
「忘れます。悪夢の事は綺麗さっぱり」
その一言に、由衣は思わず青年へと食い付いた。
「わ、忘れられるんですか!?」
「ええ、もちろん。それを対価とさせて頂きます。悪い話ではないでしょう?」
「で、でも……一時は忘れられても、アイツはいつも私を見張ってるって……も、もしかして今も!」
思い出したように怯えながら、由衣は窓の外へと視線を向けた。
「それは有り得ませんね。この店内は外からは絶対に見えない。プライバシー保護の為に空間を切り離してありますから」
「え……空間て?」
青年はその問いには答えず、由衣の手を取りそっと小瓶を握らせた。
「取り敢えず、これを持ってお帰り下さい。どうするかはあなた次第です」
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