近付く距離

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部屋へと近付くにつれ、その疑念は確かなものになっていく。いつもの柊ではない、と。人ならざる感覚が、茅萱に訴えかけてくる。 茅萱が不安な気持ちになりながら柊の部屋の前まで来ると、部屋の戸がほんの少し開いていて、中の様子がうっすら見えた。 空色の着物に、白銀の長い髪。 柊だとすぐに分かったが、茅萱は「彼ら」に声をかけることができなかった。 「……っ、ん、ぅ」 艶かしい声が、柊の唇から零れ落ちる。 彼が吐息を漏らす度に、甘い香りは強くなった。合わさった唇の奥で、くちゅり、と音が立つ。 ──どうして、柊が左京と……? 他人がキスをしている瞬間に遭遇するのは初めてのことで。茅萱はどうしていいか分からず冷たい廊下に立ち尽くした。 男に喘がされる柊は、ひどく美しかった。元々綺麗なあやかしだと思っていたが、今目の前にあるのは、茅萱の知らない美しさだった。 心と身体の両方が、柊を求めて疼く。茅萱が、震えを抑え込むように胸に手を当てると。 「──っ」 不意に、左京と目が合った。柊は気付いていないようだったが、左京の目は確かに茅萱を捉えている。 左京が柊から唇を離すと、柊は肩で息をしながら彼の胸にもたれかかった。はあ、はあ、と荒い息遣いが聞こえてくる。 左京は柊を抱きとめながら、口元に人差し指を当てて見せた。 それを見た瞬間何も考えられなくなり、茅萱は踵を返し、元来た道を戻り始めた。脳裏には柊の蠱惑的な顔が焼き付いて、離れなかった。
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