三章:予定調和

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恵流が危惧しているのは現実的な万が一。執行部の精鋭達が雑兵に競り合いで負けるなんて非現実は一厘足りとも信じちゃいない。戦って勝てないなら、戦わずして勝つ方法に注力する。 「僕達が自陣に引き篭もって防御に徹するなら、適当にちょっかいを掛けながらじわじわ”時間”を削る。執行部が思惑を悟って焦って広域の捜索を始めたら突出した兵隊の中で戦闘力の低いグループを見繕って狩る。強敵を倒さなくても、それでジャイアントキリングは成るんだよ」 「動くなら今しかねぇと言うより、元から猶予もねぇって事かよ。大将に話を通して敵に俺達の動きが伝わっても芳しくねーもんだから命令無視ってのもまぁ理解した」 恵流を睨むように見つめていた近重が後頭部を掻いて視線を切った。後輩の男子に剣を引っ込めるように伝えてから。 「俺達はこれから独立して暴れ回るぜ。いつでも敵の襲撃にあっても対応できるように準備しておけ」 「こ、近重先輩! 平野の口車に乗せられないで下さい! 確かに平野の話には筋が通ってた! ですが、平野が黒幕なら今まさに俺達が罠に嵌められようとしてるんですよ!」 「あ? 勘違いするんじゃねぇぞ」 詰め寄ってきた少年の胸ぐらを掴んで近重が吐き捨てる。 「俺は別に平野を信頼したわけじゃねーんだよ。各個撃破? 上等だろーが。俺達前衛は身体を張って敵の足を止めてなんぼだぜ。それともてめぇはあれか。俺達が無様にやられるとでも思ってんのか?」 近重が恵流の提案に乗った時に生じるリスクはそれだけだ。それもいずれは飲み込まなければならないリスク。捧げる餌を選べるだけ良心的だ。 用意していた台詞を喉の奥に引っ込めて、恵流はつまらなそうに戦況図に関心を戻した。 「安心しろ。俺は強い。てめぇらもそれなりに強い。鶴来相手ならまだしも、接近戦で俺達に負ける理由はねーよ」 懸念事項は他にもまだあるが、それは頭の良い仲間がフォローしてくれるだろう。 「僕は本陣に戻って応援してるね」 「だったらありったけの回復アイテムを寄越せ。そうしたらお望み通り楽させてやるからよ」 「それは僕を倒して楽にしてあげるって意味かな」 今となっては恵流も貴重な頭数。軽々に処分していいものでもないだろうが――内通の嫌疑のある恵流を野放しにしてやるほど近重は甘くない。 要求を無視して本陣に戻ろうとすれば灰色の身は即座に黒と判断されて、処断を免れないだろう。
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