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弱者達は菖蒲の血の色の光彩に射抜かれて戦慄し、格の違いを思い知る。
異物。異端。異常。注がれる畏怖の視線にこそ菖蒲は怖気を覚える。けれど、その剣閃が鈍る事はなかった。
「多分、俺は普通じゃないんだろうな」
――私は、普通が良かったよ。
素顔を隠し、性別まで偽ったのは、普通ではない自分をとことん晒したくなかったからだ。
なるべく戦いたくなかった。人に恨まれたくなかった。恵流の存在は菖蒲に都合が良かった。
人を傷つけたくなかった。自分が傷つきたくなかった。やっぱり恵流の存在は菖蒲に都合が良かった。
――自分が嫌いだ。
それは、おそらく、みんなに共通する、菖蒲という普通の子供の無いものねだりだった。
「隠してきたこと一つずつ、俺は表に出して行くって決めた。これまで恵流に預けてたものを全部自分で持てるようにならなきゃいけないから」
そうしてやっと、菖蒲は偉そうな口を叩ける。
――少しは私を頼ってくれと言える。
それが、模擬戦で菖蒲が自刃に踏み切った動機だった。
秘密保持の我儘を通しながら自分が行える最善を取った。悪評は菖蒲自身が被るつもりだった。
結果は菖蒲の希望とは少し違った形になってしまったけれど、その真意は恵流には伝わっていると菖蒲は思っている。
世の中どこを見ても怖い事ばかり。何をするにも菖蒲には恐怖が付き纏う。飽きもせずに震える心身に何度も鞭を打って、そうして少しずつ、少しずつ、自分の荷物を返してもらって、いずれ全てを取り戻した時、菖蒲は初めて恵流と対等になれると思うのだ。
「っ、やべぇ!」
木々のさざめきに紛れて、遠くから複数の足音が響いてくる。菖蒲は自らに課した任務が終局に差し迫った事を察する。
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