三章:予定調和

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  執行部陣営の増援がすぐそこまで来ている。菖蒲を釘付けにしていた膨大な手数が鈍ったほんの僅かの空白に菖蒲の刃が踊った。 「ここまでの俺の役割は時間稼ぎだった。でもここからは――」 殲滅に変わる。無慈悲な宣告をしようとした刹那、菖蒲の意識の全てが一人の声に余さず吸い寄せられる。 「――実行(ラン)――」 恵流が愚策だと評したその理由。増援として駆けつけられる可能性があった直接の戦闘能力に引けを取る者達の中に、性別を偽っている菖蒲が最も警戒しなければならない相手がいた。 菖蒲の視線の先で目に痛い程の桃髪が跳ねる。メガホンの形にした両手を口に当てて、その子は真っ直ぐ菖蒲の方を向いていた。 「黄色い声援(ピンクエール)! 先輩っ、頑張れーなのです……よー?」 届く筈のない腕を伸ばして、そこで菖蒲の動きが完全に止まる。その異常な菖蒲の反応に不審がる陽の前で――。 「あっ、菖蒲先輩! 後ろっ! 後ろー!」 鬼神の如く敵を圧倒していた鶴来菖蒲は大振りで破れかぶれの大剣の一刀に無抵抗に背中を切られて、あっさりと鋼の粒子となった。 「やっ、やった。やったぞ! 鶴来を倒した!」 これにより大勢はまた迷走する。数の上では執行部の不利だが、戦力的に見れば執行部の方が優勢。敵は何としても失った数的優位を取り戻さなければならなくなっている。 だが、今回は退く事を選択したらしい。執行部も深追いをしないようにと不登から指示が出た。 此方を警戒しつつすごすごと走り去る敵の背中を見送りながら、陽は先程の出来事を脳内で反芻する。 あれは、何だったのか。菖蒲の過剰反応。何かがおかしい。何がおかしいのか。そりゃあもう色々とおかしい。 その気持ち悪さを取り除こうと陽が頭を捻っていれば、その答えに至るヒントは程なくして思考の渦に巻き込まれた。 「そう言えば」 菖蒲のステータスバーに見慣れている状態変化(ピンクーエール)のタグがついていなかった気がする。 そう、つかなかった。それが何を意味するか。 「あー」 様々な要素が一つの仮定で面白いほど結びついていく。最近身の回りで起こっていた別のおかしな事にも符合して、確信にまでなった。 ――あー。あー。あー。そーいうこと? 「なぁんだ。あるじゃないですかぁ、弱み」  ◇   ◇   ◇
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