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◇ ◇ ◇
移動先に陽が指定したのはポッド室と同じ青龍寮にある菖蒲の部屋だった。恵流相手の時は警戒心を剥き出しにしていた陽だったが菖蒲となれば話は別だ。
菖蒲の性別を疑いもしていなかった頃でも、菖蒲に誘われれば刹那の迷いもなくノコノコと部屋に連れ込まれていた。菖蒲が優良物件であるがゆえ。菖蒲にその気があったとしても、狩猟者は果たして一体どちらであったか。
「……はー」
男装の菖蒲は学園の異性――女子から一位二位を争う人気を集めている。元々目鼻立ちが整っているのだろうと陽は思っていた。
しかし、陽の『さしあたり、まずその視覚エフェクトを外して下さいなのですよ』という要求を受けて、外見を偽装する影響/効果を取り去った菖蒲の容貌は陽の想像を一足飛びで超えていた。
確かに男装でも映える容姿なのだろう。けれど、本来の菖蒲の魅力とは比べ物にもならない。気を抜けば同性であっても見惚れてしまう。
「プライドの高層ビルことルナが歌姫先輩に信仰めいたものを抱えて完全降伏している気持ちが今は少しは共感できる気がするのですよ」
劣等感すら感じられないから戦う気も起きない。向かい合えば誰だって分を弁える。その性質はまさしく異質。
「もちろん恵流先輩は菖蒲先輩のこの秘密をご存知なのですよねー?」
「あ、ああ」
男装時の口調で返す菖蒲だが、低音補正を欠いた生声になっている。
「う……うわぁ、声まで可愛いじゃないですか」
完璧というものがあるなら、それは菖蒲みたいな人なんだろうなぁと遠い目をする陽。学園さいかわの歌姫と並んでも決して見劣りしない。ともすれば食ってしまうかも知れない。
「森泉先輩も相当なものでしたけど、それに菖蒲先輩まで加えて一緒にいたなら恵流先輩がルナみたいなちんちくりんに一切の見向きもしないのは当たり前なのですよ」
「あ、あの、陽! この事は――」
「どうか口外しないで貰いたい、ですよね?」
人差し指を唇に当てて陽が爛漫に微笑みかける。それは安心感とは程遠い感情を菖蒲に与えた。心臓を鷲掴みにされたような心地で頷く。
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