三章:予定調和

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  「性別をエフェクトで欺いているって事は学園が黙認する程の事情があるんでしょうけど、陽には関係ないので聞きません」 所詮は他人事だ。理由を知った所で、陽が菖蒲に手を差し伸べる事はしない。可哀想ですねと憐れむのが関の山だろう。 人によっては陽の態度は人情に欠けると感じるかも知れない。それでも下手に同情されるよりは断然いいものだ。菖蒲は配慮として受け――。 「ですけど、流石に同情するのですよ」 ――取ったそばから憐憫の視線を浴びる。 「恵流先輩にこんな弱味を握られて、さぞや沢山イヤな真似を強要されたんじゃないですかぁ?」 菖蒲でなくとも着の身着のまま逃げ出してしまうような、そんな地獄の日々を過ごしてきたのだろうと陽は想像していたのだが、当の菖蒲はふるふると首を横に振って吶々と告げる。 「私は一度だって恵流に命令された事はないよ」 「内緒にするように厳命されてるんですか? ここに恵流先輩はいませんよ。あっ、もしかしてこの部屋は盗聴されてたりするのです?」 「はは……」 菖蒲が笑う。自分の感情が頻りに訴える内容に自嘲する。 「私自身は頻繁にのえるの事を悪く言う癖に、他の人がのえるの事を悪く言っていると”やっぱり”気分が悪くなるみたいだ」 「あれ、もしかして既に心を圧し折られて隷属を誓っちゃってますか!?」 「違うよ。違うんだよ」 胸に手を当てて目を瞑って、恵流と出会った日まで記憶を遡って。菖蒲はもう一度うんと頷く。 「のえるといると、とっても楽だった。のえるが私の盾になって守ってくれていたから、私は剣としてのえるに振られているだけで万事が上手く行った」 「いやいや、待って欲しいのですよ。だって、あの悪名高い恵流先輩ですよ? こーんな優秀で見目麗しい駒を好き放題に出来る絶好のネタを手に入れて都合よく利用しないなんてちょっと信じられないのですよ。たまたま利害が一致していたとかで、もし菖蒲先輩と意見が合わなかったら恐喝してたんじゃないですか?」 「意見が食い違って、私が”恵流”を突き放したから今があるんだよ。恵流は私に何かを要求する事もなく身を引いたの。でも、それだけじゃないんだよ」 あれは紛れも無く菖蒲の我儘だった。菖蒲が一方的に文句を叩きつけただけだ。けれど、恵流は菖蒲を見放さなかった。 七色が大掃討戦に菖蒲を誘ったのも恵流の手回しだろうし、模擬戦の時は特に露骨だった。
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