三章:予定調和

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「陽はただ純粋に……そう、真心から――」 天使の微笑に不自然な翳りが差す。唇の一方の端が陽の意志に反して吊り上がってしまっていた。 「――今回の執行部の遣り方が気に入らなかっただけなのですよ」 善意ではないと吐露する陽の瞳がつまらなそうに眇められる。そこにはもう愛らしさの欠片も見えなくなっている。 「菖蒲先輩の機転に救われた癖に偉そうに。要らなくなったらポイって何様のつもりなんでしょーか?」 「姉妹揃って見事なブーメラン職人だよね」 利用するだけして捨てる。それは陽が平時から取っているスタンスだ。それが陽の悪評として広まり、今回の処置に結びついている。 「これだから群れは嫌いなのですよ。総意なんて言う訳の分からない定規を皆で持って伝説の武器みたいに振るって、一人を経験値に変えるんです」 「あの、陽? 俺にはお前が何を言いたいのか解らないんだけど」 「陽は群れが嫌いです。多数決とか大嫌いです。評価されるのが嫌いです。それが人の価値の絶対の指針になるのは悍ましくさえ感じます!」 「陽だって菖蒲に近づいたのは他人の評価が最初にあったと思うんだけど、そのあたりはどうやって処理されてるんだろう。気になるなぁ」 「それはそれ、これはこれ。自分ルールのダブルスタンダードは世の常なのですよ」 平均的な胸を反らして恥ずかしげもなく宣う陽。恵流は「ふーん」と無色の感情を漏らして一拍の間を置くと、白々しく「それはそれとして」と話題を転換する。 「そもそも菖蒲が僕達と同じ処分になったのは、土台に僕が”内通者”である可能性があって、そこから更に菖蒲が僕の”言いなり”である可能性があるからだと僕は考えてるんだよね。というか、それ以外にないでしょ」 「そ、そうなのか? あっ」 つい反射的に聞き返してしまったが、すぐに恵流と没交渉の状態にある事を思い出して菖蒲は気まずそうに顔を逸らす。 「ねぇそれ、かったるくない?」 「……ぶぇつに」 片意地を張らなくてもいいんだよ? という恵流なりの優しさは僅かな逡巡のあと却下された。恵流は面倒臭いなぁと思いつつ、本題に戻る。 「つまり菖蒲さえ内部に残せれば、僕は情報を引き出せるポジションにいられるわけだ。それは――」 恵流の視線が移る。陽の視線と交わった。互いに笑顔。けれど菖蒲には二人の背後から真っ黒なオーラが立ち昇っているように見える。 「――陽にも言えるよね」
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