三章:予定調和

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  ここで恵流が乱入してきた際の台詞に繋がる。菖蒲を執行部内部に押し戻そうとしているのは、陽が情報を盗もうとしているからではないのか? と問うているのだ。 その副音声が陽には声よりもいっそ聞き取りやすく感じていた。陽はピンと立てた右手の人差し指を頬に当てて首を傾いで上目遣いになる。 「えー? 陽は人の弱みに付け込んで脅すような非道はしないのですよ。そんな事をするのは恵流先輩くらいじゃないですかー?」 「僕がそんなゲスな行為をする人間だと思う? 全く、陽は失礼だなぁ」 「二人共、周囲に自分がどう思われてるか良く解ってるよな」 正確な自己理解があってこその冗句だと菖蒲は解釈した。陽の方はさておき、恵流の方は他人が自分に抱く心象を寸分の狂いもなく読み取っている。 「僕が陽を疑うのは当然の流れだよね」 「ご自身が”そう”でないなら、消去法で陽が黒になりますからねー。でも、それは『陽にも言える事』なのですよ。穿った見方をするなら、恵流先輩の追求こそが陽に矛先を向けて自分から矛先を逸らす為だと取れますけど?」 「君の騒がしい姉と僕の仲良しっぷりは陽も知ってるでしょ」 「わざわざルナとの取引に拘らなくても二強同盟の重鎮だったら相手は誰だって構わないのですよ」 恵流が「その通りだね」と頷いて、今度は「うーん」と演技がかった唸り声をあげる。 「僕にも君にも身に覚えがないとなると、いよいよ困った展開になってきたね。ここにいる三名の中に内通者がいないのであれば、それは必然的に本物の裏切り者が執行部の内部に未だ野放しにされている事になる」 執行部が助っ人から戦況図の閲覧権限を取り上げたのは、助っ人の中に内通者がいる前提の元に成り立っている。まさか身内に虫を飼っているわけがないだろうという信頼あっての賜だ。 「二回戦で情報が漏出すれば、俺達に掛けられている嫌疑は晴れるよな。少なくとも次の決勝までには内部犯である事は判明するだろ。だったら対策も……あ」 そこまで反論して、菖蒲は半自動的に音声を出力した口を両手で塞いだ。しかしもう遅い。恵流は満面の笑みで――。 「菖蒲はバカだなぁ」 ――口癖のようになっているさがな口を言う。 菖蒲はムッとする場面なのだろうと解っていても、恵流の馴染みのある仕草にじんわりと安らぎめいた何かが駆け巡って頬が緩んでしまうのを止められず、プイっと顔を逸らす事で抵抗する。
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