三章:予定調和

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  恵流に誘われるようにイリスもそちらを見る。程なくして映写機を見つめて佇む人物の姿を見つけた。その表情からは感情を汲み取る事は難しい。 放映機材は学園から担当を任せられたコミュニティが抜粋した大掃討戦の名シーンを抜き出して不規則に映し出している。 「僕は少し陽と話をしてくるから、イリスはここで綿アメでも食べながら待っててよ」 「知らない相手ではありませんので、ご迷惑でなければわたくしもご挨拶をしたく思います。それに、わたくしも同行した方が恵流様のお役に立てるのではないでしょうか?」 「君がそうしたければ好きにするといいんじゃないかな」 イリスは「はい、好きにさせて頂きます」嫋やかに微笑んで、ゆったりとした速度で歩き出した恵流に着いて行く。 「やぁやぁ、宮園ルナの妹君」 陽気な声に呼ばれた陽は一度びくりと身体を跳ねてから背後を振り返る。 「恵流先輩……と、森泉先輩」 「ごきげんよう、陽さん」 恵流の時はゲンナリして、イリスの時はニパっと笑顔。陽は薄汚れた人格を隠すつもりがあるのだろうかと恵流は思う。 「陽の桃髪は人で混雑してる中でも良く目立つね。何だか夢中になって映像を見ているようだけど、何を見てるのかな?」 「桃髪?」 囁くように繰り返して、一瞬だけイリスが疑問符を浮かべる。それはすぐに笑顔の裏に隠されたが、恵流は見逃していなかった。 陽がショッキングな桃色の髪をしているのは見ての通りだ。それの何処が可笑しいのか。 事情を知らない者からすれば不可思議なイリスの反応も、恵流にとっては分かり易い意思表示だと言えた。 イリスには真実が見える。第一設定世界において『邪を祓う力』と伝承されていた能力は此方でも健在だ。つまり。 ――陽の本来の髪色は桃色ではないのだろう。 勿論、染色をしているのではない。それならばイリスにも恐らくだが桃色に映る。 イリスとその他の認識に隔たりがある理由は一つ。それが影響/効果(エフェクト)によるものだからだ。 菖蒲の性別偽装と比較すると規格こそ落ちるが、これこそが学園で一般的に普及している装飾デバイスだった。
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