三章:予定調和

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  そこで恵流は考察を切り上げた。陽の髪色が染色ではなかったから何だという話だ。 「何を見てたって、見たまんま大掃討戦のダイジェストですねー。やー、皆さん凄いのですよ」 陽は片足を軽く蹴り上げるようにターンすると、指先でくるくると前髪を弄びながら言う。 「まるで別世界です。なのに、そんな次元にいてもルナは色褪せない。陽は妹としてとっても鼻が高いのですよー」 「陽も一年生にしては大分健闘してると思うけど?」 「……さっきから意識して鼻につく物言いをしてますよね、恵流先輩」 薄目を向けられる恵流だが、勿論そこは無邪気な笑顔で「それは被害妄想だよ」と返しておく。陽が半身で映写機を見上げる。 「何かが出来る人は何だって出来る。それは多分、何もかもが中途半端な人は何も出来ないのと同じって意味になるのですよ」 ――勉強でも運動でも、身に付ける術を持っているなら程度の差はあれど習得できる。 「陽は月の劣化バージョンでしかないんだってちゃんと受け入れられる前、歴史や数学が何の役に立つんだーって思ってた時期がありました」 どんなに時間を割いても一生懸命になっても月には及ばない。今でこそ不器用ながらも折り合いをつけているが、それが幼い陽の心に一体どれだけの負担を強いた事か。 「自分でもバカだったと思うのですよ。役立てる為の勉強だとか、学習能力を磨く事は色んな事に応用ができるだとか、世間から求められている期待に応える努力ができる地盤を作る為だとか、探そうと思えば幾らでも意味があるのに」 飾らない言い方をするなら、戦わなくても済む正当な言い訳を探していた。 「最初から本能的にそれを理解”出来た”人達と比べたら、確かに陽の健闘なんてそれなり止まりなのですよ」 そう言い切って映写機から視線を切った陽は、前屈みになって上目遣いに恵流を見上げて朗らかに笑う。その表情に偽りはないように見える。 「さてさて、陽はこれから野暮用があるので、さよならなのですよ。森泉先輩も縁があったら今度はゆっくりお話しましょうねー!」 軽やかな身のこなしで恵流の横をすり抜ける。その背中に恵流が掛けたのは別れの言葉では無かった。 「これからルナに会いに行くのかな?」 陽の歩みがピタリと止まる。陽からは返事こそ無いが、それは語るよりも雄弁な沈黙だった。だから恵流は続ける。 「君が何をしようと”結果”は微動だにしないよ」
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