三章:予定調和

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  イリスの存在は今も尚、恵流の心もとない常識を脅かしている。ちょっとやそっとでは収まりそうにない拒否反応は絶えずイリスから離れる事を望んでいる。 ならば何故、恵流が自らイリスとの時間を作ったのかと言えば、まさにイリスの予想に違わない。 「君に頼みがあるんだ」 これは、その為の対価だった。無論、イリスが本心で”恵流に懸想しているか”否かも恵流は懐疑的だ。 しかし、それが――イリスが向けてくる恋心が例え演技や作為に塗れた”設定”の一環なのだとしても問題ない。 「君が僕を想っているなら、このデートは頼み事を聞くに値する報酬になる筈だよね」 イリスがその設定を全うする為には恵流の要求を聞き入れなければならないのだから。 恵流の本心がイリスの恋心に沁みて、どうしようもなく胸が疼く。込み上げる感情を止められなくて、イリスは綿アメの後ろに顔を隠した。 「どんな方法を取れば、わたくしの言葉が恵流様に届くようになるのでしょうか」 「所詮は言葉なんて飾りだよ、うん」 恵流は使い古された言葉を慣れた調子で言いながら、綿アメを舐める。甘いものが好きな恵流は綿アメもそこそこに好物だったが、舌に広がるのはざらついた無味だ。 ああ、目的を履き違えているなぁと自らの矛盾を恵流は自覚する。イリスを悲しませては意味がないのだ。 「アメ、か……」 呟いて、数秒。恵流は深呼吸をしてから意を決したように告げる。 「これからする僕の質問に答えて欲しい。その一度だけは、君の言葉をありのままに受け取るよ」 「……何でしょう?」 鞭ばかり打っては酷だなんて言い訳じみた後押しで、ともすればぶっきらぼうになりそうな意識を新鮮に思いながら、恵流もイリスに負けず劣らずの無垢をぶつける。 「君が喜ぶには、僕は何をしたらいい?」 直接イリスの口から聞いた事ならば文句はあるまい。そんな打算をほんのちょっぴり――いや、多分に含ませて、恵流は綿アメを隔てた先にあるイリスを見つめる。 意地悪な物言いをやめればいいのか。上辺だけでもイリスが思い描く好青年を演じたらいいのか。そもそも、このデートは望まれたものであるか。 「……ふふ」 その笑い声に、今度は恵流がきょとんとする番だった。イリスが綿アメの影から少し顔を出して言う。 「恵流様の今の言葉が嬉しかったです」 いじましい笑顔に覗く潤んだ瞳に射抜かれて、恵流の心臓が跳ねる。
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