三章:予定調和

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  芸術品に見紛うような作り物とは違う、されど魂ごと吸い寄せられるような感覚に戸惑う。異性に対して並々ならぬ免疫を持つ恵流をしても、今のイリスから異性としての魅力を強く意識させられてしまった。 だがそこは恵流だ。あるものをあるものとして受け入れて、イリスの瞳を真っ直ぐに見つめ返す。 「僕も歳相応に思春期の男児みたいだ。不覚にも君を可愛いと思っちゃったよ。でも、お互いの為に勘違いしないで欲しいんだけど――」 「はい、先程の申し出が好意から出たモノではない事は重々承知しています」 口上を先回りされて、またしても呆気に取られる恵流にイリスが二の句を継いでいく。嬉しくて嬉しくて仕方が無いというような、そんな華やいだかんばせで。 「それを理解しているならば、何故わたくしが喜んでいるのか――恵流様が、そう怪訝に思うのも無理はないでしょうね」 ようやく、無意識に自分が動揺していた事を恵流は認識した。”邪を祓う力”を持ってすれば、恵流の提案に胎動している取引を感知するは容易い。 しかし。しかしだ。そうなると、確かに不思議なのだ。何がイリスをそうさせたのか。イリスは恵流以上に早く恵流の思考を読んでいた。 「僕はイリスを利用しようとしているに過ぎないんだよ? それは、僕を想っているなら悲しい事じゃないの?」 「はい、悲しいです」 「でも、笑ってる」 「ふふ、そうですね」 イリスにしては珍しく、スキップでもしそうな大きな動きで恵流に背中を向けた。その際に慎ましく翻ったスカートを焦っておさえる姿は、誰の目に見てもはしゃいでいるように映る。 「一度だけ。たった一度で構いません。わたくしの言葉を、ありのままに受け取って下さい」 「え?」 「わたくしが喜ぶには恵流様が何をしたら良いかという質問の答えです。聞いて下さいますか?」 「…………」 恵流は肯定を躊躇った。頷けば、それで自分が決定的に敗北する事を直感的に悟ってしまったから。 でも、今さら前言を撤回するのは往生際が悪い。それは恵流の信条に反する。観念したように「いいよ」と返事をする恵流にイリスは御礼を言ってから、大切なものを愛おしむようにきゅっと胸の前で両手を結ぶ。 そうしてもう一度その場で身体を反転させると、ゆっくりと恵流に歩み寄って――。 「わたくし、イリスは貴方の事を心より慕っています」 ――溢れんばかりの慕情を無防備な恵流に叩きつける。
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