三章:予定調和

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――確かに、恵流はイリス=エル=フラグナを絶望の未来から救い出した。 「恵流様が戸惑ってしまうのも、無理からぬ事だと存じます」 ――だが、それがどうした。恵流は恐らく誰よりも、この身が何者に好かれる人柄ではない事を知っている。 「それが果たしていつからなのか、わたくしにも判然としていませんから」 ――だから、作り物なのだろうと決めつけた。そもそもの話、邪を祓う力の発展形となるイリスの”とある能力”の開眼には恋心の芽生えが条件に設定されていた。 「気付いた時には、こうなっていました」 ――ヒロインがヒーローを愛する。そのシナリオがここに至る道程に必須材料としてあるならば。 「皆様にとってはたったの数日間だったわたくしの一年間。心細さを感じた時、不安を感じた時、訳もなく人恋しさが募った時……貴方が残してくれたチョコレートの味を思い出して勇気を頂いていました」 ――恵流が導いた結末において、恵流は愛など獲得していない。このイリスの恋慕には決定的に土台が欠けていて、予定調和によって歪められている。機械的で気味が悪い。 「恵流様には、どんなに言葉を尽くしても分かっていただけないのだと思います」 ――とてもではないけれど、分かりかねる。 「この世界を訪れてからの毎日は、ふわふわと飛ぶような気持ちでした。恵流様にすげなくされた時は何処までも何処までも沈んでいくような気持ちでした。まるで、本当に夢でも見ているようでした」 ――何度でも繰り返そう。恵流のこの身は他者に好意を寄せられるような生き方をしていない。 「恵流様にとって、わたくしは夢の残滓に過ぎないのでしょう。この世界の仕組みを知るに連れて、恵流様がわたくしに抱いているであろう感覚にも少しだけ理解が及ぶようになりました」 ――創作物の登場人物。設定を遂行する事だけを許された存在。救済を与えてくれるならば相手は誰でも良かったのだろうと、恵流は考えてしまう。 「夢でも構いません。醒めるまでは、これがわたくしの現実です。ですから、どうか恵流様」 頬を仄かに赤くして胡蝶が告げる。世界の壁に隔てられたまま届く筈のなかった気持ちを、万感を込めて。 「わたくしの物語の登場人物なら登場人物らしく、夢の続きをわたくしに下さい」 ――だから、恵流なのだろう。最初にその座についたのは、間違いなく恵流だったのだから。  ◇   ◇   ◇
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