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紗織はアルカイックに口の端を釣り上げて言う。
「それで貴方の気が済むのなら、受け取ってあげるのも吝かではないのだけれど。こんなに大切な物を私に渡してしまっても良いのかしら?」
その確認に、恵流は「んー」と唸って悩む素振りを見せる。紗織はニヤニヤと恵流の葛藤を楽しんでいたが――。
「ひょっとして『わたし』と『わたしても』って掛けてるつもりだった?」
「…………」
恵流は鼻に付く笑顔を引っ込めさせる狙いを成功させた。
「それは偶然よ。私がそんな下らないギャグを言うわけがないでしょう」
「そっか。何だか僕の反応を興味深げに待っていたみたいだからさ、あんな下らないギャグでも笑って欲しかったのかなぁって考え込んじゃったよ。ごめんね」
「なんて心のこもっていない謝罪なのかしら。謝意が伝わらな過ぎて、相手に煽られてる印象を与えるから控えるべきだわ」
「精一杯こめてないからね。むしろ、本音を言えば耳を汚してすいませんでしたって謝って欲しいくらいだ」
「そうね、ごめんなさい」
紗織は従順だった。しかも恵流のように上っ面だけではなく、きちんと謝意が伝わってくるパターンだ。
人をからかうようなさがな口を使う癖に、絶対に口論には発展しない。恵流が何かを要求すれば、紗織は忠実に応じる。
"紗織"は恵流の妹だ。学園長の証言もある。けれど、恵流にはその記憶が欠けている。蓄積されている筈だった紗織と過ごしたであろう時間が恵流の中にはないのだ。
恵流には紗織の真意が解らない。この何処かチグハグした態度が、漠然と恵流の不信感を増幅させる。
「この話題を続けても暖簾に腕押しにもならないね。話を戻すよ」
「ええ、そうして頂戴」
紗織のぬばたま色の瞳は誇張抜きで恵流だけを見つめている。その純度百パーセントの視線は恵流にとって攻撃に近いものがある。
「僕は君の奉仕が不気味で仕方ない。だから、君の施しは受けたくないんだ」
「そう、それは残念ね。兄想いをこじらせた私としてはお腹が破裂しそうになるくらい沢山お菓子をあげたいのだけれど……」
本気半分、願望と少量の冗談を添えて舌なめずりをする紗織を恵流は怖いと思った。
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