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恵流は返事の代わりに二つの特級素材≪ハイクオリティリソース≫を紗織に送り付ける。紗織は「強引ね」と片目を瞑って吐息を零した。
「それで、そっちの用件は?」
「用事と言う程でもないのだけれど、一つは貴方の顔を見に、ね。そしてもう一つは、お祝いを言おうと思って」
――恵流は努めて表情を固定して「お祝い?」と訪ねる。
「"エルフラグナ"の救済達成おめでとう」
恵流達が『第一設定世界:フラグナ』を攻略した事を知っているのは、恵流と共にエンディングに辿り着いた二人と学園の関係者だけだ。
しかも、ご丁寧にフラグナの由来となった名称を口にしている辺り確信的ですらあるのだろう。
「貴方が到達すべきエンディングは残す所あと四つ。まだまだ遠いけれど、千里の道も一歩から……これは大いなる一歩だわ。全てを救い出したその最後には――」
「僕は僕の真実≪キオク≫を取り戻す」
それは恵流が学園長と取り交わした契約だった。五つの真実を見つけ出した暁には、真っ白な恵流の記憶に色を戻す、と。
「ええ、貴方がそこに至る事を私も望んでいるわ。だから、これは私からの餞別よ」
右腕に付いている恵流の端末≪バングル≫が振動でメッセージの受信を伝えた。恵流は指の動きで仮想の画面≪ディスプレイ≫を展開する。
白紙のメッセージには二点の添付データがあった。中身は見るまでもない。紗織に物申そうとする恵流だったが、視界から紗織の姿が消えている。
ガチャリ。玄関の物音に恵流が振り返ると既に紗織は靴を履いて悪戯っ子のような笑顔でひらひらと片手を振っていた。
「紗織!」
恵流の声は扉に隔たれる。恵流は頭をがしがしと乱暴に掻いてベッドに身体を投げ出した。今更何をしても無駄な抵抗だろう。
そんな恵流の考えを肯定するように、端末≪バングル≫が再びメッセージの受信を教える。
『残念だけれど、分割払いは受け付けていないの。どうしても私に不足分を受け取らせたいなら、それと同価値のリソースを更に二本ほど追加するといいわ。ここの学園生なら涎を出して欲しがるウィザード様の一品なのだから、妥当な報酬よね?』
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