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◇ ◇ ◇
「菖蒲からお話は伺っておりましたけれど、恵流様は本当に皆様に嫌われておいでなのですね」
菖蒲からストローのレクチャーを受けて喉を潤し一息ついたイリスの感想に、恵流が「まぁね」と淡泊に応じる。
恵流達は午前の日程を消化して昼休みを迎えていた。
「自覚があるなら少しは愛想を良くしたらどうなんだ?」
「自覚をもって嫌感度を稼いでるんだ」
「なお悪いっ!」
イリスの衝撃の告白の後、クラスメート達は中休みの度に親切心から恵流の悪行の数々を詳らかに説いた。
中には明らかにそれを口実にイリスに近付く輩もいて、質問攻勢に疲労の色が滲み始めたイリスを顧みて菖蒲がフォローを入れれば、またあらぬ仲を疑われた。
そして気付けば菖蒲もイリス諸共人の壁に四方を囲まれ――ここに至るまで、実に激動の時間だったと菖蒲は掻いてもいない額の汗を拭う。
「ともあれ、くらすめーと? の皆さまが親切そうな方ばかりで胸を撫で下ろしました。親交を深めるキッカケを作って下さった恵流様のおかげです」
「君の事だから、嫌味や皮肉じゃないんだろうなぁ」
「はい、冗談です」
恵流は満面の笑みを向けてくるイリスに気のない返事をしてから顔を逸らすと、他者には閲覧できないプライバシーモードで画面≪ディスプレイ≫を呼び出して端末≪バングル≫を弄り始める。
「こうして菖蒲とわたくしを連れ出して下さった事、お礼を申し上げます。皆様がわたくしを好意的に受け入れて下さるのは嬉しいのですが、少し人に酔ってしまいました」
「"私"は最初から頭が真っ白になってて何が何だか解らなかったけどね」
人の檻から二人を救ったのは意外にも恵流だった。
『それ、僕の物だって話を聞いてなかった?』
そんな人権問題に真っ向から喧嘩を売るような言葉を振りかざしてイリスの手を引き、反発する者達を『出歯亀は趣味が悪いんじゃないかなぁ』の一言で両断。そして此処、青龍寮の休憩室まで逃げ果せた次第だ。
「のえるの事だから、親切心じゃないんだよね」
「当たり前でしょ。菖蒲は只のついでだよ、ついで」
恵流は無邪気に笑って、その胡散臭い表情を今度はイリスに向ける。
「一度じっくり話をしたいなぁって思ってさ」
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