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勿論、恵流の本懐は和気藹々と無為に時間を潰す事とは違う。考えても埒が明かないならば、直接当事者に教示して貰った方が手っ取り早い。
「恵流様がお望みのお話とは、わたくしが皆様の世界に降り立つに至った経緯でしょうか?」
イリスには恵流の白々しい提案などはお見通しだ。恵流が首肯すると、イリスは「それが恵流様のお望みならわたくしに否やはありません」と前置きしてから。
「午後の授業が終わりましたら、手始めにこの学園を案内して下さいませんか? わたくしはこの世界について全くの無知で、説明をするには些か不自由な状態ですので」
「へぇ……交換条件って事?」
その言葉にイリスは邪気を滲ませる恵流とは具合の異なる無邪気な笑みを浮かべて答える。
「いいえ、これはお願いです」
◇ ◇ ◇
恵流は内心で毒づくと言う事をしない。何故ならば、言ってしまった方が遥かに事態が好転する場合が多いからだ。
「これ僕いらないよね」
だから言う。
「菖蒲に全部任せるよ。用件が済んだら連絡頂戴。それでは失礼」
放課後。恵流と菖蒲の二人はイリスを伴って広大な学園の敷地を歩いていた。それもこれも学園を案内して欲しいというイリスの要望を叶える為だ。
だが実際に幾つかの生活施設を巡ってみて、恵流は自分が出張る必要性が皆無であった事を事実として実感した。
付き合いだとか、付き添いだとかいう協調の概念は恵流の知識にあっても重要性は殆どない。そうして躊躇なく踵を返した恵流の首根っこを菖蒲が引っ掴んで強制的に制止する。
「ぅ……危ないなぁ。油断をしてたわけじゃないのに『ぐぇ』ってなる所だったよ」
菖蒲の身体能力は飛びぬけて高い。おまけに有用無用玉石混交ありとあらゆる才能に恵まれている。恵流に気付かれずに背後に迫り、襟を引くなんて真似は赤子の手を捻るより容易かった。
「サボろうとした罰だ」
「僕がいてもいなくても困らないでしょ。その証拠に、放課後になってからそろそろ三十分くらい経つけど、僕が喋ったのって放課後では今のが初めてなんだよ?」
それまでは笑顔を交わし合う二人の五歩後ろを金魚の糞みたいに追随していた。
「それはお前が端から俺に全部丸投げしてる証拠だろ……もっと積極性を見せてくれよ」
「やだなぁ。二人とも楽しそうに話してたから、僕は気を使っていただけだよ」
「気を遣うなんて真似がのえるに出来るわけがない」
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