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菖蒲の辛辣な物言いに、恵流はわざとらしく唇を尖らせていじけたふりをする。
「そこまで言うのなら、僕にも気遣いができるかも知れない所を見せてあげよう。そうだなぁ、本校舎の主要施設はあらかた回ったし、校庭に出ようか」
「はい、恵流様」
今まで解り易く距離を置いていた恵流が乗り気になった事で、イリスの表情が一層華やぐ。
移動教室に利用する場所すらも案内しきれていないのだが、先導する恵流に小走りについていくイリスを見て、菖蒲は喉元まで出かかっていた小言を飲み込んだ。
「ロクでもない事にならないといいけど……」
そう祈るように呟いて、菖蒲も後に続いた。
源王学園が有する敷地はやたらと広大だ。その面積に比例して、数か所に点在する校庭もまた一つ一つが平均を優に超える広さを誇っていた。
放課後ともなれば、各部活動が余りあるほどのスペースを活用して何不自由なくそれぞれの練習を行っている。
それなりに人通りの多い昇降口を出た恵流は喜怒哀楽の多様な声が盛んに行き来する校庭を淀みのない足取りで突っ切っていく。
イリスの煌びやかな金色の長い髪が揺れる。陽光を含んではらはらと舞う光景に、すれ違う生徒達のみならず遠くの視線すらも釘付けにしていた。
話題の転校生。実物は評判を軽く凌駕する。彼女が存在するだけで、世界は忽ち非日常を纏うかのような錯覚を見る者に与える。
しかも、その隣を歩く男は学園きっての美"男子"鶴来菖蒲――思わず「ほう」と溜息を吐きそうになる程の組み合わせを率いるのは、この学園の最大悪の名を欲しいままにする歩く害悪平野恵流。
これほど好奇心がそそられる取り合わせは中々ないだろう。
常人であれば萎縮してしまう注目の中にあって、三名は特に気に留めた様子もない。理由は単に慣れているだけだ。
常人である所の視線の持ち主達は基本的に不干渉がモットー。誰に阻まれるでもなく目的地に到着した恵流は足を止めてイリスを振り返った。
「この学園を語る上で切っても切り離せない機材を紹介するよ」
半円に形成された大量の無骨な鉄の塊を掌で示して、恵流はニッコリと笑う。
――学園の至る所に設置されている非日常への導入路。
本校舎の正面。メインのグラウンドの端にもそれはある。
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