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「これは肉体乖離型拡張装置。通称は『ポッド』。肉体を疑似的に深い睡眠状態に移行させてから電気信号により利用者の五感を制御する代物なんだ」
「五感を制御、ですか? わたくしには難しい話です」
「僕だって詳しい所は解らない。要するに、この機械を使えば絵本の中の世界に飛び込めるんだって認識してくれればいいかな」
ポッドは仮想現実を実現するシステムの一つの完成形である。夢を用意して、その舞台に利用者を誘う。その夢は明晰夢よりも鮮明に主人公に現実味を与えるのだ。
「登場人物との恋愛を楽しむ第二設定世界『深愛のリプカ』。自由に空を飛び回れる第三設定世界『天撃シェラーク』。初心に帰ってシンプルな"戦闘"に特化した仕様が人気の最新設定世界『廻星のアリス』」
そして最後に、と恵流は一点の曇りのない道化の笑顔でイリスを見据える。
「現在は封鎖されてしまっている最初の世界――第一設定世界『竜依フラグナ』」
「フラ、グナ……」
「勿論、思い当たる事があるだろうね。何といっても、君がいた世界だ。僕達の道楽の為に生み出された絵本の中の世界」
そこで、恵流とイリスの間に菖蒲が身体を滑り込ませる。
「のえるの親切に全く期待していなかったと言えば嘘になるけど、案の定だったな」
「菖蒲はバカだなぁ。どれだけの時間を共にすれば僕に期待するだけ無駄だって理解するの?」
「正しい指摘だけど、お前には言われたくないっ」
恵流は端っからイリスを案内するつもりなど無かったのだ。徹頭徹尾、これが狙いだった。
菖蒲はイリスの胸中を慮る。恵流についていくイリスの心がいかに弾んでいたかは、その足取りを見れば一目瞭然だった。
「菖蒲。わたくしの事を気に掛けて下さっているなら、大丈夫です」
「でも」
「恵流様の"嘘"は見抜いていましたから」
悪戯っぽく舌を出すイリスに菖蒲は感情を持て余す。
――そんなイリスの純粋な好意を事もなげに裏切った恵流は横槍に入った菖蒲を歯牙にもかけず、身勝手に話を戻す。
「この世界は僕達の現実だ。だからあの世界は僕達にとって『偽物』である筈だった。けれど、君の存在が僕の価値観を歪にさせている。だから、差し当たりは一点だけ白黒をつけておきたいんだ」
「なんでしょうか?」
「イリス=エル=フラグナと森泉イリス。君の真実は、どっち?」
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