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イリスが眦を伏せた。何かを喋ろうとして唇が僅かに動いて、閉じられる。何度か同じ事を繰り返してから、イリスがポツリと呟く。
「菖蒲は、わたくしの事が気味が悪いとは思いませんか?」
イリスの切実な問い掛けに、菖蒲は顔を呆けさせてからすっとぼけた調子で「どうしてそうなるの?」と頭上に疑問符を浮かべる。
「皆様にとって絵本の中の登場人物でしかなかったわたくしが――異物が、皆様の日常にさも当たり前のように紛れ込もうとしている事に、少なからずの抵抗は感じていませんか?」
イリスの由来を知る者は、イリスがこの世界に普通の学生と変わらずに馴染もうとしている姿を間近で観測する事になる。それはあるいは、浸食だ。
唐突に現れて、現実感を脅かされている。そう、恵流は感じているのだろうとイリスは思う。ならば菖蒲は?
「イリスが何を心配してるのかは解らないけど、ここにいるのは俺の知っているイリスだ。そして、俺を知るイリスだ」
出会って間もない付き合いであっても。いや、だからこそ。菖蒲は自信を持って言う。
「だったら何も怖くない。そもそも、俺にとっては殆どの他人が未知の異世界人みたいなものだし!」
大袈裟に身振り手振りを交えて懸命にイリスを元気づけようとしている菖蒲の姿にイリスは心の中が温かくなる。
「みんながみんな違うから、違いなんてそうないよ」
「ふふ、そうかも知れませんね」
それはある意味で真理なのだろう。誰しも菖蒲のように割り切っては考えられないのだろうが、菖蒲の言葉が強くイリスの不安を拭い去ったのは確かだった。
「さ、さて。のえるの所為であやふやになっちゃった案内を再開するよ」
菖蒲はイリスを先導するように歩き出して、振り返る。
「今日中に終わらないだろうけど、明日もあるんだよね? だったら、ゆっくり馴染んでいこうよ。のえるともさ」
「……はいっ。改めて宜しくお願いします、菖蒲」
◇ ◇ ◇
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