三章:予定調和

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  先行した執行部陣営の斥候の索敵網。その無に等しい誤差のような抜け目を、敵はほぼ全戦力で潜り抜け、近接戦闘担当の近重隊の後続となる後方支援に長けた者達を急襲している。 そんな不自然な奇襲攻撃を二度も受ければ、自分達の作戦が相手に完璧に掌握されている事実に行き着いて然るべきだった。 「平野、てめぇ自分の立場が解って物を言ってんのか? 俺達はてめぇを信用しちゃいねぇ。それどころか、てめぇがこの件を裏で手を引いてるんじゃねぇかって本気で疑ってるくらいなんだぜ?」 「充分に解ってるつもりだよ」 自分が望んで作り出した今の地位だ。近重達が向けてくる猜疑心が恵流には心地よくすら感じる。 「だったら黙って俺の指示に従ってりゃあいい。嫌だって言うなら此処で退場させるだけだ」 鋭く睥睨して脅しかける近重だが、打つ手を間違えている。残念な事に恵流に強迫は通じない。恵流は不敵に口角を上げて言う。 「それならあえて言おう。嫌だ」 近重が右拳を握るよりも前に血の気の逸った後輩が恵流に片手剣の切っ先を突きつける。恵流は微動だにしなかった。 その先端が喉元を貫く事はないと見極めていたからか、それとも単純に動けなかっただけか。少なくとも片手剣の主は後者だと思っている。 「賢い王様は部下の諫言を良く聞くものだよ。だったら部下の言葉に聞く耳を持たない王は愚かだって事だね。ちょっとぐらい意見を聞いても罰は当たらないよ」 「聞くまでもねぇんだよ。もしてめぇが敵方に情報をリークしてるクソッタレだった場合を想定して考えりゃあな、その命令無視を推奨する意見って奴はどうあっても敵の各個撃破を促進するものにしかなんねぇよな」 近重は大筋の作戦立案を放棄して不登や木呂に頭脳を依存しているように見える事があるが、こと実践の場においての嗅覚は多分に優れている。 だからこそ、だ。恵流がこうして駆け引きを始めたのは、近重は話が通じると踏んだから。 「君が蟻の集団に狩られるような見掛け倒しの象なら、僕の提案は相当な無茶になる。仕方がないね。諦めて黙って指示に従うよ」 「へぇ……まぁ、改めて言われてみりゃあ何があってもやられる気は皆目しねーな。敵と引きあわせてくれるってなら臨む所だ。いいぜ、てめぇのやっすい挑発に乗って聞くだけ聞いてやる」 獰猛な笑みを湛えて近重が交渉のテーブルにつく。
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