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「このメイド喫茶はずいぶんと変わったところのようだね」
私が先ほどのメイドに尋ねると、彼女はメニューを差し出しながらこう言った。
「ええ。当店はただの喫茶店ではございません。うちは『冥途喫茶』をやっておりますので」
「え?」
メイドが、メニューの表紙に書かれている『冥途喫茶』という文字を掌で指し示す。私が戸惑っていると、
「失礼ですがお客様、当店のご利用は初めてですか?」
そうメイドが聞いてくる。
そうだと言うと、メイドはメニューの横にあったパンフレットをひらき、君の悪い笑顔で説明してくれるた。
「当店の自慢はこのコーヒーです。このオリジナルブレンドコーヒーを飲めば、誰でも冥途に行くことができ、臨死体験ができるのです」
「なんだって?」
私は眉を寄せた。まあ、近頃では戦国物やロボット物のメイド喫茶もあるというし、ここもそういった変わった趣向のメイド喫茶なのだろうか?
「臨死体験をして、どうするんだい?」
私は半信半疑で尋ねた。
「そうですね、死んでしまった身内に会ったり、あるいはただ単に死んだ気分を味わうことで日ごろの小さな悩みを忘れ、生まれ変わったような気分になれる、という方もいらっしゃいます」
淡々とした口調でブレンドコーヒーの写真を指さし説明を続けるメイド。冗談を言っているようには見えなかった。
「こちらが使用上の注意と禁則事項でございます。ご利用の前に良くお読みくださいね。もちろん、普通の喫茶店としての利用も可能でございます」
私はぼんやりとした頭でとりあえずメニューの一番上を指さした。
「……じゃあ、このブレンドコーヒーで」
「かしこまりました」
店の奥では、白髪頭に黒いベストを着た中年紳士がコーヒーを入れている。どうやら彼が店主のようだ。コーヒーのまろやかな香りが店内に広がる。
少しして、メイドがコーヒーを持ってきた。味も香りも、普通のコーヒーとなんら変わらない。
半信半疑のまま一気にそれを飲み干す。するとコーヒーに溶けていくミルクと共に景色がぐるぐると歪み、私の意識はどんどん遠くなっていったのであった。
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