その奇妙な店は…

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「禁則……事項?」  頭がくらくらした。 「はじめに説明したと思いますが……」  メイドがパンフレットの該当ページを見せてくれる。 ■禁則事項 以下のことをすると、現実世界に戻ってこられない可能性があります。絶対にやめましょう。 ・冥途の食べ物を口にする ・他人に本名を教える(冥途の住人に名前を聞かれたときはあだ名で通しましょう) ・元の世界に戻る際に後ろを振り返る    こんな禁則事項があったとは。背筋が冷えていくのを感じる。  初めに説明は受けたものの、賽の河原では食べ物をもらうことも名前を聞かれることも無かったので、すっかり忘れていた。  妻は、電化製品でもスマホでも、説明書なんかまったく見ない人だ。口で説明しても、右から左に受け流す。失敗して初めて学ぶのだ。だからどこかでこの禁則事項を犯してしまったのかもしれない。 「どうすれば、妻をこちらに戻すことができますか?」  私は店主に詰め寄った。 「そうだなあ。まだ奥さんが向こう側に行ってからそんなに経っていない。今ならば、急いであなたが迎えに行けば助かるかもしれません」  私は、妻を助けるために冥途に行くことに決めた。  コーヒーを、一気に飲み干す。ぐらりと、世界が揺らいだ。  気が付いたら、私は薄暗い空間にいた。  どこだここは? 私が普段見ている賽の河原とは全く違う光景だ。まさか一人ひとり見る冥途が違うだなんて思ってもみなかったので、私は少し動揺してしまう。しかし、おそらくここが妻の冥途なのだろう。
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