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常よりもやや低い落ち着いた声と共に、このめの視界が明るくなる。
このめは信じられない思いで、隣の紅咲を見遣った。
紅咲凛詠といえば実に控えめな性格で、時折見られる柔和な微笑みは、まるで桜舞う春を漂わせるようだ――と、誰もが恍惚と口を揃え称賛する。
それが、どうだ。
たった今、紅咲は軽々と左足を振り上げ、定霜の腕を防いだ。
さらには目を見張るこのめを見上げて、ふっと目元を緩める。
桜舞う春の微笑みなどではない。
脅しの気配を含んだ、黒さを滲ませる笑みだ。
「紅咲、さん……?」
「僕さ、別にか弱くもなんともなくって、ただ学生生活を円滑に進める為に"ああ"してるだけなんだよね。わかる? で、この事を他に言いふらそうもんなら、今度この脚が向くのはアンタ――」
「っ、紅咲さん!」
このめはただ湧き上がる興奮のまま、紅咲の両手を勢いよく握り込めた。
少し低い位置にある桜色の瞳が、限界まで見開かれる。
「やっぱり"沙羅"は! あなたしかいません!!」
この時、紅咲と定霜が何を思ったのかはわからないが、感激の眼を向けるこのめに対し、ただ、唖然としている事だけはわかった。
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