ポケットの中の写真

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 リビングでは、母が寛いでいるところだった。食後のコーヒーを飲みながら、情報番組を観ている。 「おはよう」 「おはよう敬一。どこか行くの?」 「デートだよ、デート」  母と会話を交わしつつ、カウンターで隔てられたキッチンに向かう。  冷蔵庫からミルクを取り出し、カウンターの上にあったシリアルを皿に開け、牛乳をかける。その皿にスプーンを入れて、ダイニングキッチンに座った。 「あいつは部活かな?」 「そうよ。敬一と違って、野球部員のエース」 「へえへえ」  スプーンで一口、シリアルを口に運ぶ。  シャク。  牛乳が程良く沁みたシリアルが、口の中で小気味のいい音をたてる。シリアルはやっぱこうじゃなきゃ駄目だ。  俺のいう「あいつ」っていうのは、一個下の中学三年生の弟のこと。兄弟仲が悪そう、なんて思うかな。世の中の男兄弟ってだいたいこうだろう。まあ、物の貸し借りはするし、話題を共有することもある。 「あら、そのジャケット、敬一のだったの」  今になって、母が俺の着ているジャケットを見て言った。 「そうだよ。なんでいまさら」  俺は笑いながら答える。  母がテレビの方へ視線を戻したので、 俺は今日のデートプランに思いを馳せる。  待ち合わせは新宿の西口。今は終了してしまった、「いいとも」が収録されていたアルタスタジオ前がその場所だ。同じくあの辺りを待ち合せに使う者が多いけれど、仕方がない。待ち合わせ相手がそこを指定してきたし、確かに目的の映画館は歌舞伎町の方だから都合がいい。  映画館で十二時スタートの恋愛映画を観たら、少し遅めのランチを食べて、彼女に付き合って百貨店を見に行く。正直高校生で百貨店の商品を物色できるほどの資金が彼女にあるかはわからないけれど、まあ、少しくらい奢ってもいいか。そのあとは……。  さあ、もう時間だ。  俺はシンクに皿とスプーンを入れると、余裕をもって家を出た。  梅雨が空けたばかりの、七月の街中に飛び出した。
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