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青息吐息で歌い終わった後、彼女はよろよろと私の隣へやってきた。傍で見ると、首元の穴がぐっと大きくなっているのが嫌でも目につく。思わず目を伏せた。彼女の方も、一層きつく分厚く包帯でくるんだ私の右手にちらと目をやって、きまり悪げに視線を外した。
「あの小夜啼鳥は、どうしたんです」
「ここのマスターに、紹介していただいたんです。あまりに声を出すのが億劫になってしまったので」
マスターに軽く会釈して、彼女は恥ずかしそうにうつむいた。赤ワインを手に取る。乾杯、とは言えなかった。
今日、この一年で活躍した歌手を表彰する賞の結果が発表された。受賞した歌手の中に、小鳥アコの名前はなかった。それどころか最近、アコは穴あきではないかという噂が立っていて、私は気が気ではなかった。
「このままではお仕事を続けていけないって相談したら、それならいいものがあるって言っていただいて」
「便利なものがあるんですね」
「ええ。でも」
グラスを揺らして、口を歪ませる。
「とても、後ろめたい心持ちがするんです。前は隠しごとをしているようで嫌だったんですけれど、今はまるで嘘をついているみたい」
「それでも、歌っていたいんですね」
嫌味でも批判のつもりでもなく、素直な感想だった。彼女は小さく頷くと、さも不味そうに眉をしかめて、血のように紅く淀んだワインに口をつけた。
「……好き、なんですもの」
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